昼食難民の新書生活

(新宿・秋葉原・芝浦など各地でのランチと読書)

カオマンガイ@ガイトーンTOKYO

渋谷の「ガイトーンTOKYO」へ。

この店は、バンコクのプラトゥーナムにある「ガイトーン・プラトゥーナム」の日本進出1号店。ピンク色の制服を着ているので現地では「ピンクのカオマンガイ」と呼ばれる有名店だ。

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閉店時間の15時近くに行ったのに満席でちょっと外で待つことに。

店内は2人がけテーブル10卓と狭く、テイクアウトもやっている。

メニューはとてもシンプルで、提供している料理はカオマンガイ(カーオマンガイ)1品だけ。

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「カオマンガイ並盛り(700円)」を注文し、辛いソースをお願いすると、3〜4分ほどで料理が供された。

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あれ、パクチーがない?

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いえいえ、ブリキのカップにぎっしり詰まったパクチーがちゃんと先に供されたのでした。

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鶏肉は若鳥らしく軽い味で、少しパサついている。

鶏ガラスープで炊いたご飯はかなり長い長粒米で、スープから丁寧に脂を除いたらしくさっぱりしているけど、鶏の旨みをしっかり含んでとても美味しい。でも、カーオ・ホー厶・マリ(香り米:ジャスミンライス)ではないようだ。タイでもざっかけなファストフードなので、細かいことは言わずにワシワシ食べれよう。

ソースには、ぶつ切りの青唐辛子とショウガが入っていて、鶏とご飯にかけると、それぞれの旨みが何倍にも増してとても美味しい。

それにしてもパクチーの量が多い。100gくらいはありそうだから、スーパーで買えばこれだけで200〜300円になるだろう。パクチーを有料にしている店もあるほどだから良心的だ。

ほとんどのお客は生野菜サラダのようにムシャムシャと全部食べていた。でも、タイ人はこんなことしないな。パクチーは薬味だもの。

ご飯が少なめなので、男性は+50円の大盛りを頼んだほうが良いかもしれない。


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◆希望支払金額:800円(本場の味のカーオマンガイに山盛りのパクチー)
◆費用対効果度:114%(800円/700円)

ガイトーンTOKYO
住所:東京都渋谷区渋谷3-15-2
営業時間:11:00〜15:00 17:00〜23:00
定休日:なし

※JR山手線渋谷駅の東口を出て、右に明治通りを南下する。500メートルほど歩いた右側に店はある。

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『エピジェネティクス―新しい生命像をえがく』仲野 徹(岩波新書 1484)

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『エピジェネティクス―新しい生命像をえがく仲野 徹(岩波新書 1484)


エピジェネティクスは、ゲノム中心の生命観を変えるかもしれない生命科学の新しい概念であり、著者は大阪大学大学院教授でその研究者。

エピジェネティクスは、生命現象の根源的な現象の1つであり、病気の発症にも重要な役割を果たしており、創薬のターゲットとしても脚光を浴びている。ところが、著者はこれまでマスコミの取材を受けてもなかなか記事にされないことに不満をもっていたという。エピジェネティクスはわかりにくく、一般向けにエピジェネティクスを紹介する本が少ないからだ。

そこで本書では、エピジェネティクスの概念、分子レベルでの制御機構、生物における役割、発生や病気における重要性、さらには今後の展開までを解説している。

【目次】

序章 ヘップバーンと球根
第1章 巨人の肩から遠眼鏡で
第2章 エピジェネティクスの分子基盤
第3章 さまざまな生命現象とエピジェネティクス
第4章 病気とエピジェネティクス
第5章 エピジェネティクスを考える
終章 新しい生命像をえがく


エピジェネティクスは、イギリスの発生生物学者コンラッド・ウォディントンが1942年に提案した用語で、「エピジェネシス(後成説)」と「ジェネティクス(遺伝学)」の複合語。しかし、エピジェネティクスの研究が盛んになったのはゲノムの解析が進んだ2000年以降で、わが国でエピジェネティクスの専門学会である日本エピジェネティック研究会は、わずか8年前の2006年12月に設立されたばかりという新しい研究領域である。

エピジェネティクスとは、「遺伝物質からはじまり最終的な生物を形づくるすべての制御された過程の研究」のことで、2008年に次のように定義されているという。

エピジェネティクスな特性とは、DNAの塩基配列の変化をともなわずに、染色体における変化によって生じる、安定的に受け継がれうる表現型である。

わかりやすいのは一卵性双生児だ。まったく同一のゲノムを持っている一卵性双生児でも、コピーのようにまったく同じではなく容姿は微妙に異なる。指紋も似てはいるが異なる。 「DNA→複製→DNA→転写→RNA→翻訳→タンパク」という分子生物学のセントラルドグマからすれば、ゲノムに記録されている情報に基づいてまったく同じ表現型(容姿)になるはずだが実際には微妙に異なる。

1944年にオランダはドイツ軍によって深刻な飢餓状態に陥ったという。そのさなかに妊娠中の女性もたくさんいて、胎生後期に飢餓を経験して生まれた赤ちゃんは体重が極度に低く病弱な子供になった。飢餓が胎生前期だった赤ちゃんはおおむね正常な体重で生まれたが、半世紀後の疫学調査で高血圧・心筋梗塞などの冠動脈疾患や2型糖尿病などの生活習慣病や統合失調症などの神経精神疾患の罹患率が高かった。

また、イギリスで生まれたときの体重と中年になってからの疾病の関係について疫学調査をおこなったところ、生まれたときの体重が低いほど、高血圧や糖尿病といった生活習慣病のリスクが高いことがわかったという。

この2つの現象は、胎児期に充分な栄養がない場合、できるだけ栄養を取り込むように適応したからではないかと解釈されている。しかも、50年という長期にわたって「記憶」が体に刻み込まれている理由は、遺伝でもDNAの塩基配列の異常でもなかった。ゲノムに上書きされた情報であり、そのメカニズムがエピジェネティクスなのだ。

DNAが突然変異を起こさないのに遺伝情報が変わってしまうのは、DNAのメチル化とヒストン修飾という化学的結合によって遺伝子の発現が制御されるためである。

DNAメチル化とは、DNAのシトシンにメチル基が結合することで、DNAの転写が抑制され遺伝子発現が抑制されること。

DNAをテキスト情報とすると、メチル化によってDNAの一部が「伏せ字」になった状態に喩えられる。ワープロソフトでいえば「二重線」のことだ。テキスト情報自体には変化がないので、「二重線」を消せば、また読めるようになる。

一方、ヒストン修飾というのは、DNAの二本鎖が巻き付いているタンパク質のヒストンにアセチル基などの化学物質が結合することで、「この遺伝子は読み出してください」「この遺伝子は読んでいはいけません」ということを示す「付箋」が付くことだという。これらも、DNAメチル化と同様にテキスト情報自体に変化はなく、「付箋」は外すことができる。

ヒストン修飾には、アセチル化のほかメチル化、リン酸化、ユビキチン化などがあり、アセチル化すると遺伝子発現が活性化し、メチル化には活性化と抑制の2つの作用がある。

DNAとヒストンが化学的に変化することで表現型が変わるのは、秋まき小麦を低温で処理すると春まき小麦になる春化や、ミツバチが同一のゲノムを持つ卵から餌のローヤルゼリーの有無で働きバチと女王バチのまったく異なる成虫なることで説明されている。表現型は違うがゲノムは変化していないので、春まき小麦と女王バチが遺伝することはない。

発がんの仕組みについてもエピジェネティクスによる解明が進んでいる。

悪性腫瘍ではゲノム全体のDNA低メチル化と、特定領域のDNA高メチル化という特徴があることがわかっているのだ。特定領域のDNA高メチル化によって、がん抑制遺伝子の発現が抑制され、ブレーキが壊れた状態になっているという。また、白血病や悪性リンパ腫のゲノム解析では、9割の症例でヒストン修飾の異常が見つかっている。

こうしたことから、DNAメチル化を新しいがん診断マーカーとして使用することが可能になっていて、ヨーロッパでは大腸がんの診断がスタートしている。また、前立腺がんについてもPSA(前立腺特異抗体)と組み合わせてスクリーニングする方法が研究されている。

DNAの突然変異を正常化することは不可能だが、DNAメチル化というエピジェネティクスな異常は薬剤で操作することが可能だ。そこで、がん治療に利用しようという研究も進んでいる。骨髄異形成症候群に対してDNAメチル化の阻害剤アザシジンを投与する治療法だ。また、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤についても研究が進んでいるという。これが、エピジェネティクスによる創薬の可能性だ。

エピジェネティクスは、生命活動のあらゆる分野に関わっているが、まだまだ端緒についたばかりの研究分野でわからないことも多く、可能性は無限のようだが新しい分野だけに五里霧中だったり試行錯誤も数少ないのだ。



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カオマンガイ@プァンタイ 大久保店

大久保にあるタイ料理店「プァンタイ 大久保店」へ。

この店は、JR中央線大久保駅と西新宿をつなぐ路地にある。元々、ここには「ムアンタイ」というタイ料理店があって、目白に本店のある「プァンタイ」が居抜きで入ったらしい。

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15時近くに店を訪れると、4人がけテーブル4卓、2人がけテーブル3卓の店内に、先客はいなかった。

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専門学校が立ち並ぶ地域なので、リーズナブルな料金になっている。

「カオマンガイ(750円)」を注文すると、10分ほどで料理が供された。

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ご飯がとても美味しいけど、バターの香りがする。そして色ムラがあるので、この店も鶏ガラスープで炊いたご飯ではなく、魔法のカオマンガイ粉をかけて炒めたチャーハンかもしれない。なんちゃってカオマンガイかな。

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鶏肉は柔らかくて美味しい。

よく煮込んだ野菜の入ったスープが美味しい。


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◆希望支払金額:750円(“なんちゃって”だけど美味しい)
◆費用対効果度:100%(750円/750円)

プァンタイ 大久保店
住所:東京都新宿区百人町1-24-10
営業時間:11:00~23:00(通し営業)
定休日:日曜日

※JR中央線大久保駅の南口を出て右に進み、斜め左に伸びる路地を150メートルほど歩いた左側に店はある。かつて紹介した「中華料理 日の出」の隣。


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『遊動論―柳田国男と山人』柄谷行人(文春新書 953)

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『遊動論―柳田国男と山人柄谷行人(文春新書 953)


本書は、柳田国男批判に対する批判・誤解を解き、その思想を擁護するために書かれている。

著者は、「柳田論を仕上げることをずっと待ち望んでいた」と「あとがき」に書いている。2013年に『柳田国男論』として刊行されたのは、1974年の「柳田国男試論」と「柳田国男の神」に、1986年の「柳田国男論」を合わせたもので、一切の加筆を加えなかったらしい。だから、本書が「柳田論」の総仕上げということになる。

本書は、2013年に『文學界』で連載された第1〜4章に、2012年秋に中国の中央民族大学で行った講演の草稿「二種類の遊動性」を加えたものである。

【目次】

第1章 戦後の柳田国男
 戦中から戦後へ
 柳田の敗北
 農民=常民の消滅
 非常民論
第2章 山人
 近代と近代以前
 農政学
 焼畑狩猟民の社会
第3章 実験の史学
 供養としての民俗学
 山人と島人
 公民の民俗学
 オオカミと「小さき者」
第4章 固有信仰
 新古学
 固有信仰
 祖霊信仰と双系制
 「場」としての家
 折口信夫と柳田国男
 固有信仰と未来
付論 二種類の遊動性
 遊動的狩猟採集民
 定住革命
 二種類のノマド
 柳田国男


柳田国男は、初期に「山人」(狩猟採集的遊動民)を研究したが、後期にそれを放棄し、稲作民である「常民」(定住農民)を中心とした「民俗学」に向かった、と長らく批判されてきた。さらに、柳田が主張した「一国民俗学」は日本の植民地主義を支える理論とされた。

本書は、そうした通説を覆し、柳田国男が「山人」「常民」「一国民俗学」「固有信仰」と研究対象を変えながらも、国家と資本を乗り越える社会変革の可能性を一貫して探求していたことを明らかにするために書かれている。

柳田国男の人生は敗北の連続だった。

柳田国男は、田山花袋や島崎藤村と交流のある文学青年だったが、大学では農政学を専攻した。卒業論文「三倉改革」は中国で飢饉等の厄災に備えて穀物を貯蔵した倉と制度の沿革研究だった。

柳田は農政学を選択した理由を次のように書いているという(『故郷七十年』)。

饑饉といえば、私自身もその参事にあった経験がある。その経験が、私を民俗学の研究に導いた一つの理由ともいえるのであって、饑饉を絶滅しなければならないという気持ちが、私をこの学問にかり立て、かつ農商務省に入る動機にもなったのであった。(p.47)

柳田は13歳(明治18年)のときに飢饉を見聞し、明の兪汝為が書いた飢餓救済策の書である『荒政要覧』を読んでいたという。

著者は、柳田が農政学に向かったのは偶発事ではなく、さらにそこから「民俗学」に導かれたとしている。その根底には、飢饉の民を救う「経世済民」という儒教的理念があったという。しかし、これは柳田自身が使った言葉ではなく、後の研究者が定義した柳田の思想を表す言葉だ。

柳田は農商務省の官僚となり、従来からあった共同労働システム(結:ユイ)や金融システム(頼母子講)のような相互自助の協同組合によって小作農を救済しようとした。柳田の考えていた協同組合は、単なる農業の振興ではなく、農業・牧畜・漁業・加工業、さらに流通や金融を包括する農村改革であり、究極的には農村と都市、農業と工業の分割を乗り越えることを目指していた。

しかし、その当時の日本の農政は「農業本国説」であり、富国強兵のための資本を農民から収奪し、農村を兵士を提供する母体とするものだった。補助金によって小農を保護するが、農村の自立的な改革や発展を目指すものではなかった。

柳田の農政は受け入れられず、わずか2年で農商務省を去り、法制局へと移った。移動後も協同組合・産業組合に関して、各地で講演を行ったが、柳田の望むような組織化は実現しなかった。

著者は、「その挫折から彼の民俗学が生まれた」としている。柳田の民俗学は「農村生活誌」であり、その根底に農村改革の目的があった、というのだ。

その意味で、彼の農政学は最初から、史学的・民俗学的であった。同時に、柳田の民俗学は農政学的であったともいえる。(p.60)

官僚として自らの農政学が活かせなくなったことで民俗学に向かったのだ。

「柳田は山人説を放棄していない」と著者は何度も書いている。

柳田は、1908年、宮崎県椎葉村を訪れ、焼畑と(猪)狩猟で生活する山村に共同自助を見て、そこに理想的な共同自助の実践があり、ユートピアの実現を見たのだ。柳田はそこに住む人々を「山民」と呼び、『後狩詞記』を書いた。

椎葉村に住んでいたのは「山民」であり、柳田はこの地に異人種である「山人」が先住し、その後に山民がやってきたと見ている。天狗その他、怪奇なイメージで語られるのは、先住異民族の末裔である山人であると考えたのだ。

先住民は追われて山人となり、その後に山地に移住してきた人々が山民となった。山民は、農業技術をもち、平地に水田稲作とそれを統治する国家ができた後に逃れてきた者であり、平地民と対抗すると同時に交易していた。東国や西国の武士も起源においてこのような山民であった。その中で、武士が平地に去った後に残ったのが、現在の山民である。柳田は、椎葉村で山民にであったことで山人に取り組むことになった。

『遠野物語』を書いた頃、彼は、歴史的に先住民が存在し、その末裔が今も山地にいる、と考えていた。その後も、彼は山人が実在するという説を放棄したことはない。ただ、それを積極的に主張しなくなっただけである。(p.32)

なぜ、柳田は山人の存在を積極的に主張しなくなったのか。

著者は、一般に言われているように南方熊楠に批判されたためだとするのは間違いだとしている。しかし、本書では柳田がなぜ山人の存在を主張しないようになったのかは明らかにされない。

山内丸山遺跡のように、縄文人が必ずしも山だけに暮らしていたわけではないことを我々は知っている。DNAによって栗などの栽培を行っていたことも明らかになっている。水稲という高度な土木・農業技術が普及する下地として、定着民して焼畑などで暮らす人々がすでにいたはずだ。さらに、縄文人は山で暮らす採集狩猟民だけでなく、川や海で漁労を行っていたこともわかっている。つまり、必ずしも山だけで暮らしていたわけではない。この点についても、本書はまったく触れていない。

柳田国男の民俗学が、日本の帝国主義に寄与した点についてはどうか。

著者は、柳田が「一国民俗学」を主張したのは、日本が満州を拠点にして膨張主義になり「東亜新秩序」を裏付けける「比較民俗学」が要請された時代だったとしている。その膨張主義が破綻した敗戦後には、「一国民俗学」が受け入れられ、1970年代に日本で再び膨張主義が始まると「一国」的であることが批判の標的となった、という主張だ。

本書のもう1つの主題である遊動性について、著者は遊牧民的と採集狩猟民的の2つがあるとしている。定住後に生じた遊牧民や山地人、漂泊民の遊動性は、定住以前にあった遊動性を回復するものではない。

そして、柳田国男はこの2種類の遊動性を弁別したという。日本列島に先住した採集狩猟民であり、農耕民によって滅ぼされ山に逃れた「山人」と、移動農業・採集を行う山民、工芸・武芸を含む「芸能的漂泊民」である。芸能的遊動民は、定住性とそれに伴う服従性を拒否するが、他方で定住民を支配する権力とつながっている。

柳田の唱えた「山人」の実在は確認できなかったが、彼は稲作民以前の「固有信仰」に見出そうとした。そこには、資本=ネイション=国家を越える最古の形態を見出した。しかし、稲作農民の社会では「固有信仰」の痕跡しか残っていなかった。

柳田が推定した「固有信仰」における祖霊は、次のようなものだった。

人は死ぬと御霊(みたま)になるが、死んで間もないときは「荒みたま」である。強い穢れをもつが、子孫の供養や祀りをうけて浄化され御霊となる。初めは個別的だが、一定の時間が経つと一つの御霊に溶け込む。それが氏神(神)である。祖霊は、故郷の村里を望む山の高みに昇って、子孫の家の繁栄を見守る。生と死の2つの世界の往来は自由である。祖霊は、盆や正月などにその家に招かれて共食し、交流する存在となる。御霊は、現世に生まれ変わってくることもある。

祖霊と生者の相互信頼は、互酬的な関係ではなく、愛にもとづく関係である。祖霊はどこにでも行けるにもかかわらず、生者のいる所から離れない。

他の国の祖霊崇拝は子孫の「孝行」にもとづいている。孝行は、親子双方の相手に対する愛情や絆、義務が入り混じった互酬的関係である。儒教の「孝」は家父長制にもとづくが、孔子はそれを互酬的なものとみなしていた。親子の間には敵対性、攻撃性が潜在しており、それが孝としての互酬性によって抑制されている。

ところが、柳田のいう固有信仰では、祖霊と子孫の間の相互性にそのような敵対性がひそんでいるようにはみえない、という。その関係は互酬的なものではない。祖霊は近くにとどまって子孫を見守るが、子孫の祀りや供養に応えてそうするのではなく、自発的にそうするのだ。

「室町以前のことはわからない」と柳田は考えていたが、神道や仏教、道教の幾重にも重なった習俗の奥底に、交換や契約とは異なった日本古来の祖霊信仰を見出したのだった。


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ピピカレー@トリコカレー

中野と高円寺の間にある「トリコカレー」へ。

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明るい内装の店内は、4人がけテーブル1卓、2人がけテーブル3卓、カウンター4席。

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メニュー筆頭の「ピピカレー(1000円)」を注文した。ごはんは白米・玄米、少なめ・普通・大盛りから選べ、カレーは、甘口と辛口から選べる。玄米・普通盛り・辛口でお願いした。

すぐにジャーという野菜を揚げる音が厨房から聞こえ、しばらくしてサラダが供され、5分ほどで料理が供された。

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この店のカレーは「濃厚仕上げ」。小鉢の鶏スープが添えられていて、好みの濃さに調整しながら食べるようになっている。

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メニューに「10種類以上の野菜」と書かれている通り、ナス・カボチャ・レンコン・ピーマン・赤パプリカ・黄パプリカ・プチトマト・シシトウ・レンコン・枝豆・黒豆・コーン・ダイコン・ズッキーニ・アボカド・ニンジンなど、色とりどりの野菜が美しく盛りつけられている。

カレーは、確かに濃厚でスパイスの複雑な香りと旨みが絡み合ってびっくりするくらい美味しい。

どこかで食べたカレーに似ていると考えながら食べ進めたけど、ちょっと思い出せない。

よく炒めたタマネギをベースにしているようだけど、タマネギの甘みはそれほど強くない。

鶏スープを飲んでみると、塩味をつけて白胡椒を振りかけたら、それだけで立派なチキンスープになる旨さだった。

半分ほど食べたところで、カレーを鶏スープで伸ばしながら食べる。ご飯と濃厚カレーを混ぜながら食べるのも美味しいけど、スープをたくさん加えてスープカレーみたいにしても、それはそれで美味しい。

そうか、この店のカレーはスープカレーへのアンチテーゼみたいなものか。

サラダは、ドレッシングで和えたパスタとレタスに、濃厚なトマトソースをかけたものだった。このソースも美味しい。


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◆希望支払金額:1200円(濃厚カレーがとても美味しい)
◆費用対効果度:120%(1200円/1000円)

トリコカレー
住所:東京都中野区中野4-20-6
営業時間:12:00〜15:00 17:00〜21:00
定休日:不定休

※JR中央線中野駅北口を出て左に進み、中野通りを越えて、線路沿いに高円寺方向に600メートルほど歩いた左側に店はある。

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