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昼食難民の新書生活

(新宿・秋葉原・芝浦など各地でのランチと読書)

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『プロフェッショナル 仕事の流儀 人生に迷わない36の極意』NHK「プロフェッショナル」取材班(NHK出版新書 441)

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プロフェッショナル 仕事の流儀 人生に迷わない36の極意』NHK「プロフェッショナル」取材班(NHK出版新書 441)


本書は、NHK出版新書『プロフェッショナル 仕事の流儀』本の第3弾。2013年から2014年前半に放送された、イチロー、遠藤保仁、井山裕太、藤子・F・不二雄、宮崎駿といった有名人から、小売り業経営者、ER専門医、宇宙工学者、チーズ農家などさまざまな職業の第一線で活躍している36人のプロフェッショナルの言葉を収録している。

それぞれの記事は7〜8ページと短いが、プロフェッショナルたちから珠玉の言葉のかずかずを紡ぎ出している。

執筆したのはそれぞれの放送回の担当ディレクターで、巻末リストを見ると担当した回に重複があって24人が執筆したようだ。

【目次】

1 立ち向かう、6つの極意
2 くじけない、6つの極意
3 育てる、6つの極意
4 ブレない、6つの極意
5 ひらめく、6つの極意
6 見誤らない、6つの極意


2003年8月21日、イチローは日米通算4000本安打を達成して観客とチームメイトから万雷の拍手で祝福された。しかし、そのたった10日後の試合では、9対1と8点差で勝利が決定的になった8回裏に監督から代打に出るように告げられた。先発メンバーを休ませるための代打で、通常ならルーキーの役割だった。屈辱だった。

「屈辱によって、自分を支えてきた。心は瞬間的に痛みを覚えるけれども、それで自分を支えてきたし、これからもそうであると思うので、あの経験は、今は素晴らしい瞬間だったというふうに思っているんですよね」(p.16)

実は4000安打達成後の記者会見でも、イチローは「4000のヒットを打つには、8000回以上は悔しい思いをしてきている」と語っている。4000本安打ということは、その倍の8000回はヒットを打てなかったということだからだ。

「プロ生活はトータルで22年(2013年現在)ということになりますけど、はっきりしているのは、近道はないということですね。後で考えると、遠回りだったな、省けたらよかったなと思うことはたしかにあります。でも、それが一番近い道なんです。自分のぼんやりとした理想に近づく一番の方法は、遠回りをすることだというふうに、今ははっきりと言えますね」(p.19)

藤子・F・不二雄は、新人漫画たち向けの「人気漫画の書き方」という講演で「まず最初に、普通の人であれ」と語ったという。大勢の人が喜ぶのは、「普通の人」である読者と漫画家の間に共感する部分がたくさんあったということだからだ。その上で、プラスアルファとして自分だけの世界を1つは持つべき、と教えたという。

その言葉通りに、藤子Fは毎朝5時か6時には起床して漫画のアイデアを練り、家族で朝食を食べた後に川崎市の自宅から新宿の仕事場へ通勤し、規則正しく膨大な仕事をこなしていた。それだけでなく、普通の父であり、普通の夫として徹底的に普通の勤め人であろうとしたという。

本書では、「どらえもん」をはじめとした作品が世界中で愛されているのは、藤子Fが「普通の人」の暮らしを突き詰めたところにあるのではないか、と分析している。世界は日常を淡々と暮らしている「普通の人」である勤め人によって動いている。生まれ育った富山県高山市や自宅のあった川崎市近郊に住む「普通の日本人」の生活を描くことで、藤子Fの作品は高い普遍性を獲得していたのだ。

宮崎駿の口癖は「面倒くさい」だという。『風立ちぬ』を制作中には以前にも増して何度もこのぼやきを繰り返した。飛行機部品メーカーの家に生まれた宮崎にとって、ゼロ戦の設計士である堀越二郎の人生を描くことは、長年に渡って抱え込んできた、大好きな飛行機は憎んでやまない戦争に使われる「殺戮の道具」であるという葛藤と向き合うことだったからだ。「大事なことは、たいてい面倒くさい」のだ。家族は面倒くさいけれど、けっして捨てられないのと同じように。

もちろん番組をすべて観たわけではないし、観たはずなのに忘れていた回もあったが、本書に再録されているプロフェッショナルたちの仕事に対する姿勢や生き方を象徴する言葉のかずかずは深く心に響く。

第一線で活躍している彼らは間違いなく成功者だろう。しかし、彼らは決して順風満帆の人生を送って成功したわけではない。挫折や蹉跌を乗り越えて現在の地位を獲得し、さらにそれを失わないために変化や挑戦を怖れず、自らの改革を続けていることが本書からわかる。そうした人生の隘路や曲がり角を経験した人々の言葉だからこそ、重みを持って胸に迫ってくるのだ。



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『使える行動分析学―じぶん実験のすすめ』島宗 理(ちくま新書 1066)

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『使える行動分析学―じぶん実験のすすめ島宗 理(ちくま新書 1066)


ダイエット、部屋の片付け、勉強、仕事……。やりたいことがなかなかできないとか、止めたいことがいつまでも止められないのは何故だろう。

ある行動をする理由やある行動しない理由を私は本当にわかっているのか。わかっているとしたら、どうして行動したり、行動しなかったりするのか。私は私自身をどの程度わかっているのか。

著者は、法政大学文学部心理学科の教授で、専門は行動分析学。タイトルに「使える」と入っているように、本書は単なる行動分析学の入門書ではない。行動分析学の理論を使った「じぶん実験」で、読者が自分の行動を分析して理解し、「なりたい自分」になるための手順を丁寧に説明している。

【目次】

第1章 じぶん実験と自己理解—自分の行動の理由を知る
 自己実験は発明の源
 エビングハウス「記憶研究」の功績 ほか
第2章 行動分析学と自己実現—自分の行動を変える
 成功のカギは、決意の強さか才能か
 りんごが木から落ちるのは力不足? ほか
第3章 じぶん実験レポート—他人のじぶん実験に学ぶ
 じぶん実験の流れを読みとる
 片付けられる女子になる ほか
第4章 じぶん実験の進め方
 じぶん実験の進め方
 標的行動の数え方 ほか
第5章 広い「じぶん実験」の適用範囲
 じぶん実験それぞれの物語
 積年の癖を直す ほか


本書は、いわゆる自己啓発本ではない。自分の行動を分析することで自分を深く理解し、できないことをできるようにするための方法をわかりやすく解説している。

そのためのツールとなるのが「じぶん実験」だ。大まかな流れは、

 1 解決したい問題や達成したい目標を選ぶ
 2 目標行動を決める(変えようとうとする自分の行動)
 3 目標行動の数を測定しグラフ化する
 4 随伴性ダイヤグラムで原因を推定する
 5 介入(目標行動を増やす解決策)を立案する

というもので、これをPDCAサイクルで回しながら、自己理解と自己実現を高めていくというものだ。

仕事の上では当たり前のことだが、業務改善には測定と視覚化が欠かせない。これをしたいけどできない、止めたくても止められない個人的な生活の改善に活かすのが「じぶん実験」なのである。

自分自身を被験者として実験を繰り返した科学者たちの「自己実験」によって、科学は進歩してきた。「じぶん実験」は、自分の幸せのためであり、自己理解と自己実現のために、自らの行動を対象にして行う自己実験なのだ。

じぶん実験は、自らの行動を変えたり、制御変数を見つけることだけが目的ではなく、行動の諸原理や研究方法を学んで自らが自分の行動を探求する力をつけること、自分にあったセルフコントロールやセルフマネジメントの手続きを開発する方法を手にすることということです。(p.25)

意思が弱い、礼儀正しい、積極的、内気……。そうした「性格」が原因と考えるのは間違いだと著者は言う。これらの言葉は、単に行動の集まりに名前をつけただけだからだ。内気だから人前で話すのが苦手、人前で話すのが苦手だから内気、という循環論に陥ってしまうからだ。

やりたいことができない、やめたいことが止められない理由は他にあります。その理由を行動分析学の理論で推理し、自らの行動を変えながら突き止める「じぶん実験」によって、今まで気づかなかった自分を発見し、夢を実現する可能性が広がります。

部屋を片付けられない、腹筋を割りたい、関節を鳴らす癖を止めたい、改札口をさっと通り抜けたい、字を丁寧に書きたいなど、学生による12例の「じぶん実験」レポートが楽しい。


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『韓国人による沈韓論』シンシアリー(扶桑社新書 168)

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『韓国人による沈韓論』シンシアリー(扶桑社新書 168)


本書は、韓国人歯科医による「内部告発」である『韓国人による恥韓論』の第2弾。

本書は、「セウォル号が沈んだ問題と反日の構造は同じだ」をテーマにしている。セウォル号が沈んだのと同じく、韓国も「沈んで」しまうのではないか? その原因は、韓国が、歴史・文化・教育・政治の問題を自分の責任とせずに、反日という「黒魔術」に逃げ込んでいるからだという。

「おい韓国号、このままじゃ沈むぞ!」と警鐘を鳴らしているが、本書が韓国でちゃんと読まれることはないだろう。

【目次】

序章 「汝、己を知れ」—韓国を映し出す「鏡」
第1章 「反日」と酷似するセウォル号沈没事故の因果
第2章 韓国の「法」が、劣悪なお飾りに過ぎない理由
第3章 専門家・「匠」が存在しない惨たる国
第4章 「集団被害妄想」が禍々しい信念を醸成する
第5章 峻別される「ウリ(私たち)」と「ナム(他人)」
第6章 「歴史を忘れた“韓国民族”に未来はない」
第7章 韓国では「弱者」は人間にあらず
第8章 果てしない「謝罪」要求は、日本を隷属するまで続く
終章 それでも私が韓国という「船」に残るのはなぜか


2011年3月11日の夜、韓国では「テーハン・ミングック(大韓民国)」という喜びの叫び声が街中に響き渡り、ネット上にも歓喜の声が溢れたという。

著者は、「韓国は狂っている」というそれまで認めたくなかった事実を認めざるを得ないことに気づく。そしてブログに「この国を呪ってやる」と書いたという。

国と同胞を呪いたくなるまでの絶望感をもたらした韓国の問題は、セウォル号沈没事件で再び著者に迫ってくる。

韓国のさまざまなメディアが、セウォル号沈没事故は「韓国社会の構造的問題を総合的に露わにした事件だ」と報じたという。セウォル号の船長や一等航海士などのスタッフはもちろん、船会社のトップ、監督官庁の誰一人として沈没と生徒たちを救えなかった責任を回避した。唯一、責任の重さに耐えきれず首を吊って自殺したのは、生徒たちを引率していた教頭先生だけだった。

300人以上の若い命が奪われたセウォル号沈没事件では、法律が機能せず、現場指揮者不在による救助に失敗して現場が混乱し、被害者たちが絶対善の王となって役人や大統領を絶対悪として声高に謝罪と賠償を要求した。著者は、これが反日の構造とよく似ていると指摘している。

「反日」と酷似している点の1つは、韓国では法律が機能していないことだ。

セウォル号は、船の復元力が失われるような魔改造が施され、最大積載量を超えたコンテナを固定もせずに積んで、それを誤魔化すために船のバランスを取るのに大切なバラスト水を減らし、経験の乏しい船員や短期契約の船長たちによって運行されていた。日本人の常識では想像もつかない違法行為のオンパレードだ。

併合時代の賠償等は、日韓基本条約で「すべて解決」したはずなのに、韓国の裁判所は三菱などの日本企業に対し韓国人労働者へ賠償せよという判決を下している。国家間の条約など無視できるらしい。

朴槿恵大統領は、事故6日後に「乗務員の行動は殺人と同じ行為だ」と公式に非難して、業務上過失致死と殺人の区別もできない愚かさを世界中のメディアに笑われた。非難すべきだったのは、事故の原因や救助できなかったシステム上の問題だったからだ。しかし、韓国の検察は大統領の発言を受けて、船長を殺人罪で起訴した。

著者は、韓国では法は「威信」を守る「盾」にすぎないと指摘している。例えば、表向きには、韓国は捕鯨国ではないが、実際に2000年以降だけでも4700頭以上のクジラが韓国沿岸で網に偶然引っかかっとして水揚げされている。2011年の国際捕鯨委員会の報告によると、既定違反23件のうち21件が韓国で発生したものだった。

また、対策もせずに売春を禁止する法案を施行したが、売春組織は減らず住宅街や学校のすぐ近くにまで風俗店が入り込むことになった。さらに10万人以上の売春婦が海外に進出することになった。

韓国では、2014年6月4日に統一地方選挙が実施されたが、当選者3952人のうち1418人が1回以上の前科があったという。前科3犯以上が260人、そのうち47人は前科5犯以上、そのうち4人は前科9犯らしい。徴兵制のある韓国で、兵役未了者が411人もいたという。選ばれる方はもちろん、選ぶ方も法律など関心がないのだ。

その一方で、韓国には「親日財産没収法」というトンデモ法がある。盧武鉉政権下の2005年12月に公布された「親日反民族行為者財産の国家帰属に関する特別法(親日財産没収法)」だ。「併合時代に親日的な行為で得た財産は、子孫から没収する」というものだが、遡及立法および連座制の禁止という近代法の原則を無視したトンデモ法律だ。

関連法が機能しない社会の中を「航海」していたセウォル号は、沈んでしまいました。反日という国民感情により、機能しなくなった方の数々。そんな社会の中を航海している韓国は、どうなるのでしょうか。(p.97)

問題点の2つ目は、韓国では現場の専門家が足りず「匠」などは存在しないことだ。賃金労働者の37.1%は勤続期間1年未満(日本は7.3%)で、10年以上勤続した人は17.4%(日本44.5%)で、賃金労働者の54.1%が3年以内に仕事を辞めてしまう。つまり、専門家や匠になるには圧倒的に経験・知識が不足しているのだ。

韓国人が短期間で仕事を変えるのは、現場で働く人が見下されるからだ。人間扱いされるには、大学を卒業して「文官(事務職)」にならなければならないという。

専門家がいなければ、事案に対する客観性が低下し、声が大きい人が勝つことになる。

セウォル号沈没事故現場にも専門家はいなかった。逃げ出した船員はもちろん、海洋警察にも現場を熟知する専門はいなかった。政府対策本部のスポークスマンだった海洋警察庁装置技術局長は、艦艇勤務も海警派出所で勤務したこともない素人だった。

海洋警察庁の幹部716人中、海洋警察交番勤務が1年未満がまったく勤務経験のない幹部が476人と、66%以上の幹部が現場経験がなかった。

3つ目は、反省しないこと。実は、1993年にセウォル号とまったく同じ海難事故があったという。西海フェリー号沈没事故で、既定違反の貨物と定員オーバーの旅客を乗せたフェリーが転覆し、362人中292人が亡くなっている。著者は、韓国人は反省しないから同じような事故が繰り返されると嘆いている。まともな反省をせず、対策を講じないから巨大海難事故やビル倒壊、医療施設での火災死亡事故が何度も繰り返されているのだ。

そして、「国民感情」という法を越えるものがあること。韓国政府は「日本は韓国の国民感情を理解しろ」と必ず口にする。しかし、この「国民感情」は世論調査や国民投票のような客観的データですらない。反日という国民感情でしかないのだ。日本の政治評論家が「世論が許さない」と言うのに似て、単なる自分の主張を「国民」で化粧しているだけだ。

かつて朴槿恵大統領は「歴史を忘れた民族に未来はない」と言った。しかし、韓国は併合時代を「人類史上最悪の植民地支配」と子供たちに教えているような国だ。だから、公園で「日本統治は良かった」と語った95歳の老人を、37歳の男が撲殺するような事件も起こっている。ネット上では、「殺されて当然だ」という声も多かったらしい。これが韓国の「国民感情」だ。その国民感情を汲んで、犯人には懲役5年の刑が下っている。

韓国人にとっての「謝罪」の意味が興味深い。序列意識と上下関係しかなく、対等の関係がない韓国では、謝罪は「弱者(自分よりも下)を決める1つの手段」だというのだ。そこで、謝罪するいうことは全面的に敗者となって相手のどんなに理不尽な要求にも答えなければならないことになってしまう。

韓国の国家安全管理委員会での、政府側のセウォル号関連の報告に対する野党側議員の発言が、韓国人にとっての「謝罪」を象徴している。

「救うことのできはずの子どもたちを、国が殺した。同意するのか(※タメ口です)」
「罪を犯したと言え! お前が罪人だ! なんでそんなに言い訳が多いんだ」(p.225)

大統領が謝罪したため、セウォル号の遺族たちは聖域化した。遺族代表を名乗る男がまったく無関係だったり、官僚に暴言や暴力を振るったりし、遺体が見つからなかった遺族は捜索が中止されるまで近くにある高校の体育館に居座り続けた。遺族たちは、大統領を越える絶対善を手に入れたのだ。

もちろん、韓国人にとって謝罪とは賠償という実行を伴わなければならない。だから、河野談話で慰安婦に謝罪してしまった日本は、未来永劫いつまでも謝罪と賠償を要求されることになるのだ。

なにしろ、大統領が「千年恨」と宣言したのだから。



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『韓国人による恥韓論』シンシアリー(扶桑社新書 164)

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『韓国人による恥韓論』シンシアリー(扶桑社新書 164)


「非道徳なガキどもを相手に、外交でカバーしないといけないのか」

2013年9月30日に『聯合ニュース』韓国語版が報じた、韓国海洋水産部長官尹珍淑(ユン・ ジンスク)長官が、福島原発の汚染水放出を理由に日本産水産物の輸入禁止措置を決定した際に語った言葉だという。2020年のオリンピック開催地決定の2日前のことだった。「ガキ」というのは日本のことで、いやしくも官僚のトップの発言とは思えない低レベルな反日・侮日発言だった。

韓国向け日本産水産物からは基準値以上の放射性物質が検出されていない、という科学的根拠はまったく無視し、オリンピック開催地に東京都が立候補したことに対する嫌がらせとして実行されたとしか考えられない暴挙であり暴言だが、韓国では両手を上げて歓迎されたという。

ところが、日本のマスコミは「ガキ」を省いて「非道徳だ」や「非道徳な連中」としか翻訳しなかった。日本の大臣が相手国を「ガキ」呼ばわりしたら、当然のことながら大問題となって即辞任になるだろう。しかし、韓国ではまったく問題にならなかった。相手が日本だからだ。

李明博大統領が「天皇は跪いて謝罪しろ」と語ったと伝えられた時には日本人は驚いたが、朴槿恵大統領が「千年後も恨み続ける」と演説したことで、韓国の反日思想の根深さと異常性をさらに印象づけることになった。

最近では、セウォル号転覆事件時に大統領が7時間も行方不明だったという『朝鮮日報』の記事を引用して、日本語でつまり日本人向けに記事を書いた産経新聞加藤支局長への国外移動禁止措置を見るまでもなく、韓国は異常な反日思想に覆われ、相当に狂っている。

著者は、1970年に韓国で生まれ育った歯科医で、幼い頃に母親から日本語を教えられ、日本のテレビ番組や雑誌で日本語を学んだという。日本語のブログ「シンシアリーのブログ」に、韓国の反日思想に基づいた日々のニュースに対する批判を書いている奇特な人だ。

本書は、韓国を支配している異常な「反日」が発生した起源と、凄まじいまでの「反日教」ぶりの実情を、新聞報道などの客観的なデータを示しながら「内部告発」している。単にブログをまとめたのではなく、大幅に加筆したり、新たに書き下ろしもしているようだ。

2014年5月に刊行された本書は、9月には20万部を売り上げるベストセラーとなり、第2弾『韓国人による沈韓論』(来週アップ予定)も10万部を売り上げて、現在は第3弾を執筆中らしい。

【目次】

序章 韓国を絶対的に支配する「反日教」
第1章 韓国を狂わせた「反日」の起源
第2章 善悪を失った韓国の愚かな「基準」
第3章 韓国がひた隠す自国の性奴隷
第4章 だから「反日」は急激に悪化していく
第5章 荒唐無稽な選択・新「李承晩ライン」
第6章 見苦しい国・韓国の最大の弱点
終章 韓国人である私が知ってほしいこと


著者は、韓国では「儒教思想」と「法意識」という2つの柱が崩壊した時に、社会構成員を1つに結ぶものが必要になり、日本を絶対悪として設定する「反日思想」が生まれた、としている。

軍事政権下の反共思想から、民主政権下の親北へと急展開する中で右派と左派の対立によって「忠=愛国」が壊れてしまい、「反日」となったというのだ。また、「孝」に関しては、老人困窮率が48.6%まで上がり、高齢者の自殺率ではぶっちぎりの世界トップになるほど崩壊しているらしい。

一方、「法意識」については、「韓国社会で法がちゃんと守られていると思いますか」というアンケート調査の質問に、回答者の77%が否定し、42%が「法を守れば損をする」と答え、81%が「有銭無罪、無銭有罪(お金があれば無罪、お金が無いと有罪)」と答えたという。財閥の会長たちは、裁判になると病気になって入院し、たとえ有罪になっても「経済的貢献」を考慮されて執行猶予になる裁判が続いているからだ。

韓国では告訴・告発が乱発されており、人口比で日本の146.4倍という告訴大国になっている。さらに、誣告罪にいたっては日本の600倍を超える凄まじい偽証大国でもある。

日韓基本条約で賠償済みの戦前・戦中の朝鮮人労働者が起こした賠償請求を認めたり、産経新聞の例でも明らかなように、裁判所が恣意的に自由に法律を解釈できるのだから、「法意識」が崩壊したのではなく、元々が「法治国家」の体をなしていなかったのではないか。

著者自身も書いているが、「儒教思想」と「法意識」の崩壊とは関係なく、韓国は国家の成立時点で反日が刻印されていた。

韓国の憲法前文には、大韓民国は「3・1運動で設立された大韓民国臨時政府の正当な継承者である」としている。韓国という国は、抗日組織を受け継いて生まれ、その理念である「反日」で国を1つにしている「反日教」の国なのだ。反日は国是であり、当然のことながら子供たちは反日教育を受けることになる。

軍事政権下の極端な反共教育は、親北政権の誕生によって一転して極端な反日教育へと転換したらしい。

現在の韓国の小学校には、国務総理管轄の国家行政機関である国家報勲処が、「○月の独立運動家」というポスターを貼り出しているという。その内容は、「官公署に爆弾を投げた」「警察2人に重症を負わせた」「親日人物を処断した」といったものだ。サッカーの日韓戦では、安重根の巨大な肖像画を掲げるのが恒例となっているが、小学生にテロリストを礼賛するよう教育しているのだ。

韓国の青年層は、もはや反日がないとメンタルを維持できない状態にまで落ちています。彼らに残された、劣等感という怒りを晴らすターゲットが日本なのです。だから、日本は韓国より下でなければならないのです。(p.168)

そして、この青年たちはやがて韓国の中心勢力になる、彼らは思想的にも左派(親北)の教育を受けていて、その結果、民族主義的な考え方を持っているという。韓民族の最大の敵は、日本である。

95歳の老人が「日本の植民地時代は良かった」と言っただけで撲殺され、犯人は5年の懲役刑になって英雄視される国である。

こんな隣国とどう付き合えばいいのか。著者は「距離を置く」ことを勧めている。

韓国は、日本に対して「仲良くしなければならない。だからお前が僕に合わせろ」と強要している。しかし、韓国の言う「友好」とは、日本が一方的に韓国の言いなりになることを意味する。韓国という絶対善に対して、日本という絶対悪が従うことしか考えられないのだ。外交の基本である「対等の立場」など成立しない。(p.216)

だから、日本は韓国に対して「距離を置く」外交を行うべきであり、基本的なことだけを維持しながら、「別れの時が来たら、軽い一回の握手でサヨナラできる」ような貸し借りなしの関係でいればよいというのだ。

少しでも譲歩すれば、嵩にかかってさらに要求してくるのは間違いないから、一切の妥協はせずに淡々と隣人として付き合えばよいのだ。隣国だから仲良く、隣国に配慮といった理想論で、日本側から歩み寄ってはいけないという。日韓関係をこじらせたのは、韓国に責任があるのだから。



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『詐欺の帝王』溝口敦(文春新書 916)

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『詐欺の帝王』溝口敦(文春新書 916)


日本では、幼い頃から「嘘をつくな」「人を騙すな」と教えられる。だから、ほとんどの人は、嘘をつくことや人を騙すことは「罪」だと感じている。

ところが、そうした倫理観を容易に逸脱できる人々がいる。

かつて、一般人の倫理観とは大きく異なる人と出会ったことがある。驚いたのは、本人には人を騙している自覚がないらしい、ということだった。

たとえば、「フランス国旗の色は?」と問われたら、普通の人は赤白青の3色と答える。ところが、彼は「赤だ」と言い張ることができた。3分の1は赤色なので、まったくの嘘ではない。だから、彼は良心の呵責を感じることなくトリコロールを赤色と言い切ることができるのだった。それどころか、彼は赤い部分が1%しかなくても「赤だ」と言っても罪悪感を感じない厚顔無恥な人だった。

本書は、裏社会に詳しい著者が、4年前まで「オレオレ詐欺の帝王」と呼ばれ、さまざまな詐欺グループのトップに君臨していた男にインタビューして、詐欺の世界について書いている。

男のグループが手がけていた詐欺は、オレオレ詐欺に留まらず、ワンクリック詐欺、未公開株詐欺、社債詐欺、イラク・ディナール詐欺など、多岐にわたっていた。

ところが、この男は詐欺にかかわる事件で前科も逮捕歴もないという。各種詐欺のピラミッド組織の頂点に君臨していたにもかかわらず、警察はこの男に迫ることができず、男の配下を「オレオレ詐欺のキング」として逮捕するにとどまったのだ。

【目次】

第1章 「伝説の詐欺帝王」前史
第2章 五菱会のヤミ金が原点
第3章 システム詐欺とは何か
第4章 ヤミ金からシステム詐欺に
第5章 鉄壁の経営とトラブル
第6章 システム詐欺と暴力団
第7章 思いついたイラク・ディナール詐欺
終章 システム詐欺がなくなる日


本書の主人公である本籘彰(仮名)は、東京6大学の大学1年生のときには、全国規模の学生イベントを仕切っていたという。現在も続いている大学生向けの「キャンパスサミット」と高校生向けの「D-1ドリーム・プロジェクト」は、彼が学生時代に創設したイベントだ。

麻布のディスコ「マハラジャ」や六本木のディスコ「ヴェルファーレ」を貸し切る巨大イベントを開催する抜群の集客力を誇り、日産自動車や化粧品会社の協賛を得て、エイベックスからはCDを発売したという。

本藤は、大学を卒業すると、イベントを仕掛けていたコネで大手広告代理店に就職する。就職後も、イベントを仕掛ける若者のケツモチ(ディスコ借り上げの仲介業)はやっていたという。

しかし本籘は、スーパーフリーク事件(早大のサークルによる複数の強姦事件)で大手広告代理店に居られなくなった。スーフリにクラブなどを仲介するケツモチだったため、事件への関与を疑われたからだ。

2003年8月、「ヤミ金の帝王」と呼ばれた山口組系五菱会幹部の幹部が逮捕された。ヤミ金は、五菱会の会長高木康男が、倒産整理屋時代に得た知識で作り出した。五菱会系ヤミ金業者は、全国1000店舗にまで膨れ上がり、数千億円の収益を上げたが、次々と摘発されることになった。

そこで本藤は、五菱会の摘発を受けて、ヤミ金業に進出した。勢いのなくなった五菱会のシマをぶんどっても、学生時代から多くの暴力団との付き合いがあったため、難なく乗っ取りに成功したという。

本藤のヤミ金は、300店舗を数え、従業員1300人に肥大した。新入りのヒラの「店員」で月給40万円、店員の上の店長補佐の「番頭」で200万〜300万円、「店長」が700万〜800万円、その上の「統括」で1000万円、その上の「総括」で5000万円、さらに上の「社長」が1億5000万〜2億円、トップ3人からなる「幹部」で2億〜3億円、本藤本人が最低月給2億〜3億円だったという。

本藤は各店の貸付額や回収率に関する情報を共有し、店舗間の競争を煽った。そうした中で、店長たちがオレオレ詐欺を始めたという。ヤミ金店長たちが、回収率アップのために金を貸し付けていないところから引っ張るようになったのだ。

ヤミ金の店舗には、稼働する人員・携帯電話・名簿・架空口座とオレオレ詐欺を実行する道具は揃っていた。そして、オレオレ詐欺だけでなく架空請求詐欺や融資保証金詐欺、パチンコ攻略法詐欺、競馬必勝法詐欺などの特殊詐欺を手掛けるようになっていった。

やがて、本藤のグループはこうした詐欺に特化するグループと、従来通りヤミ金を続けるグループが7対3の割合で、詐欺グループが増えていった。しかし、本藤はヤミ金を止めなかった。「詐欺は当たり外れの波が大きいから、グループの経済を安定させるためにはヤミ金が欠かせない」からだった。

ヤミ金は易しく、誰にでもできる。ヤミ金がやれないようだと、他に何をやっても物にならない。(p.113)

ヤミ金を社員教育の場としても利用していたのだ。

オレオレ詐欺、架空請求詐欺、融資保証金詐欺、還付金等詐欺などの「特殊詐欺」は、ほとんどが暴力団ではなく半グレ集団によって行われているという。半グレ集団は関東連合や怒羅権などの元暴走族で知られているが、一般人がまともな会社のつもりで就職したら、ヤミ金やパチンコ攻略法詐欺の会社で心ならずも半グレ集団に迷い込む者も少なくないという。小さな悪事や犯罪の実行をためらわない人が半グレ集団に所属する。

世の中は食うか食われるか、小市民的な倫理道徳などクソ食らえ、と考える人々が増え、そういう層が加害グループに人材を供給している。(p.82)

半グレ集団は暴力団のように対外的に名や顔を広めないので、全国に半グレ集団がどのくらい存在するのか、警察も把握していないという。

そして、代表的なシノギが覚せい剤の密売である暴力団は退潮し、影響力は低下しているが、代表的シノギを特殊詐欺にしている半グレ集団は隆盛を極め、影響力が拡大している。

著者は警視庁が名づけた「特殊詐欺」を「システム詐欺」と呼び替えるべきだという。かつて、詐欺は個人犯罪だった。結婚詐欺が典型的で名人芸を必要とする個人技が多かった。しかし特殊詐欺は、集団・組織の犯罪であり、集団がシステマチックに動くことで成立する詐欺だからだ。

本藤のグループにいた男たちが独立し、次々に逮捕される事件が起こった。しかし、詐欺が発覚したのではなく、仲間割れによる殺人事件や覚せい剤所持が発端だった。しかし本藤は、いっさいの薬物に手を出さず、前夜どんなに飲んでも朝8時半には出社して仕事をこなしていた。

オレオレ詐欺や架空請求詐欺は配下が考えた詐欺だが、本藤本人が始めた詐欺が、ディナール紙幣詐欺だ。これは、現在も消費庁が注意喚起をしている詐欺だ。

2006年ころ、本藤はマネーロンダリングの方法を探るために海外旅行を繰り返し、旅先のドバイで、イラクのディナール紙幣を知ったという。イギリスで印刷された立派な紙幣で、最高の額面2万5000ディナールは日本円で2000円ほどの価値だった。1970年代には1ディナールは3.3ドルだったのが、1ドル=100ディナールまで下落していたのだ。

本藤はイラク戦争が終了し、米軍が撤退すればイラク経済が復興し、1ディナール=3.3ドルの時代に戻るかもしれないと考えた。そうなると2万5000ディナール札1枚は850万円になる。そこで、欲深い小金持ちに「絶対に儲かる」と言って、日本円には両替できないディナール紙幣を売ることにした。本藤は、2010年までにディナール詐欺を手がけ、10億円分のディナール紙幣を交換したという。

人はなぜ詐欺にあうのか。簡単にお金を増やそうとするからだ。その欲望にうまくつけ込むのが詐欺師だ。

しかも、詐欺師は一度詐欺にひっかかった人を2度3度と引っ掛ける。これを「かぶせ」といって詐欺の原則らしい。被害者はそれまでに受けた損を新たな儲け話で取り戻そうとするからだ。

騙されるヤツは何度でも騙されるし、なによりカネがある。300万円振り込むということは3000万円は貯金があるということです。(p.177)

「オレオレ詐欺の帝王」と呼ばれた本藤が足を洗ったのは、暴力団に貸した金の返済をめぐって足首を拳銃で撃たれ、何度も入退院を繰り返したために、配下への統制が効かなくなったことが原因らしい。

詐欺師の多くは逮捕によって引退することになる。しかし、ヤミ金と詐欺で数百億円を手にしたにもかかわらず、大学時代に巨大イベントを仕掛け、大手広告代理店に就職した抜群の頭脳を持つ本藤を警察は逮捕できなかったのだ。



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『ヨーロッパ思想を読み解く―何が近代科学を生んだか』古田博司(ちくま新書 1083)

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『ヨーロッパ思想を読み解く―何が近代科学を生んだか古田博司(ちくま新書 1083)


帯に「新・哲学入門」とあるように、本書は「新しい」哲学の入門書だ。東洋思想が専門の著者は「門外漢」と言いながら、西洋哲学者たちの思想をバッサバッサと切り刻み、難解なはずのドイツ観念論がこんなにわかりやすくていいのかと驚くほど明快に説いている。

本書は、師と弟子の「問答」に「解説」がつく形式になっている。著者が一人二役で書いたこうした問答集は、著者自身の論理展開による予定調和で議論が進むので、読者は置いてきぼりにされがちだ。しかし、本書は「弟子」の質問や相づちが的確なのでとても読みやすく面白い。「あとがき」には、この「問答」が著者と加納敦子という大学院生との実際の対話を書き起こしたものだと書かれている。

【目次】

プロローグ 世界をつくった「向こう側の哲学」
  問答①―向こう側ってなんだ?
  解説―向こう側をとらえる思考様式
I 向こう側をめぐる西洋哲学史
 第一章 この世の「向こう側」など本当にあるのか—バークリ
  問答②―向こう側と因果律
  解説―イギリス哲学の快走
 第二章 「こちら側」に引きこもる—フッサール
  問答③―直観、超越、思い込み
  解説―ドイツ哲学の苦渋
 第三章 「こちら側」をさらに深める—ハイデガー
  問答④―師弟と向こう側
  解説―こちら側優位の時代
 第四章 「向こう側」は殺せるか—ニーチェ
  問答⑤―それでも向こう側は死なない
  解説―向こう側の生かし方
 第五章 我々の時代と「向こう側」—デリダ
  問答⑥―カトリックの僧侶のように
  解説―哲学のイノベーション
2 「向こう側」と「あの世」の思想
  問答⑦―脱構築の罠
 第六章 時間論
  問答⑧―君がいなくなっても誰かがふさぐ
  解説―時間や歴史に因果律を持ち込む不毛
 第七章 近代以後の「生かされる生」
  問答⑨―もう生きがいなんて考えなくてもよい
  解説―向こう側へ拡張した世界を生きる
 第八章 「あの世」と「向こう側」
  問答⑩―向こう側の霊を祓う
  解説―哲学者と宗教家の「あの世」


本書は、「向こう側」をキーワードに展開する。

「向こう側」とは、人間が知覚できない「存在」のことであり、この「存在」を認識しようと「こちら側」から哲学者たちがいろいろと架橋を試みたのが西洋哲学の歴史だという。

「向こう側」のことを、哲学者たちは「イデア」「物自体」「超越的世界」「背後世界」とさまざまに呼んだが、著者はハイデガーの「外的世界」が名称として一番わかりやすいという。

西洋人にとって、世界は「神域」と「この世」に二分され、「この世」にあって見えない世界が「向こう側」という複雑型。それを直観や超越によってとらえようとするのが、西洋の思考様式だという。

これに対して、日本人の思考様式は「この世」と「異界」の単純型で「向こう側」はない。

さらに、著者の専門である東洋思想の儒教的な世界観では、あの世を想定しない「この世一元論」の単細胞型で、「異界」も「向こう側」もないとしている。

「向こう側」へと超え出るには、実験と観察による科学的方法しかないという西洋哲学の考え方が、近代科学を生んだのだ。知覚できない「向こう側」を視野に入れたのは、イギリス経験主義だった。だから、イギリスで産業革命が最初に起こり、資本主義が一番発達したのだ。

本書は、徹底したドイツ観念論批判が展開されている。カントは「向こう側」との架橋に失敗し、ヘーゲルは「向こう側」は「こちら側」に内在していると大風呂敷を広げた詐欺師だという。

それでもヘーゲルが日本で人気があるのは、「頑張れば階梯を昇れる」といったところが朱子学に似ているからだという。「こちら側」の努力でえらくなれるというヘーゲルの言葉に、日本の秀才たちはうっとりしたのだ。

フッサールは「向こう側」を判断中止にした。ハイデガーは「向こう側」を否定せずに「こちら側」の優位を主張した。ニーチェは「向こう側」もろとも「こちら側」も否定した。フランス人はカトリックの伝統の中で受け止めたが一貫性がなかったと、サルトルやデリダについても容赦ない。

著者は、「論理的な哲学など見たことがない」と言い「難しく書いているので、何を言っているか読み手が易しく内容を読み解かなければならない。その読み解く過程が論理的なのだ」と言い切っている。だから、

哲学者の論理などに期待せず、一言一言ひっかかることなく、静かに寄り添うように読む、これが哲学の書物を楽しむコツである。すべての本は、著者が自分の考えをわかってほしいという、せつなる意思から書かれている。べつに真理が書かれているわけではない。(p.64)

と言い切っている。「自分の頭で考えよ」ということなのだ。



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『日本人の身体』安田登(ちくま新書 1087)

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『日本人の身体』安田登(ちくま新書 1087)


著者は下掛宝生流能楽師。大学では中国古代哲学を学び、20代前半は漢和辞典の「執筆」に携わったという。

能はもちろん『古事記』や『古今集』といった日本の古典文学、『荘子』や『論語』、ギリシャ悲劇、聖書などさまざまな文献、漢字の起源やギリシャ語、ヘブライ語、シュメール語まで駆使して、日本人の身体観を明らかにしようとしている。

本書は、「日本人の身体観を振り返りながら、現代の閉塞状況を打開するような価値観を再発見する端緒になればいい」と思って書いたという。

【目次】

第1章 「身(み)」と「からだ」
 欠落した身体/はだか/『古事記』の中のはだか/『古事記』の中の性的表現 ほか
第2章 曖昧な身体
 主客の境が溶けるとき/時間の境も曖昧に/おもひ/共話 ほか
第3章 溢れ出る身体
 溢れ出す身体/情緒/自然をうたう/あわいで考える/草木国土悉成仏 ほか
第4章 ため息と内臓
 環境と直接つながりたいという欲求/『古事記』に見る欲求の変化/惻隠の情 ほか


第1章 では、古い日本語には「からだ」と「こころ(あるいは魂)」のように心身を二分した語はなく、その統一体として「み(身)」だけがあったという。

ところが、元々は死体を意味する言葉である「から(殻)だ」を使うようになって、心や魂と一体だった「み(身)」が対象化されることになった。日本人は身体の部位を細分化し、身体の不調は医師に委ねるようになった。しかし、著者は日本人の身体観は各部位を明確に区分しないおおまかなものだという。

例えば、「膝」という言葉から多くの人は「膝頭」を思い浮かべるが、「子どもを膝にのせる」というときの膝は、膝頭ではなく太ももの前側を指す。「肩が凝る」というときには「肩峰」よりもむしろ首の付け根近くを意味している。

「こころ」と「からだ」について、幼少期の不思議な体験を書いている。保育園に通っていた頃に、それまでの記憶がごっそりなくなる体験をしたというのだ。しかも、数日前から今までの記憶がなくなるという予感があり、それを止めることはできなだろうとわかっていて、このことを記憶しようとして、何度も思い返しているという。

記憶が失われていくときに、それまでの記憶に「ああ」と手を差し伸べた記憶もあるらしい。そして著者はこの日が悲しみを覚えた日であり、「こころ」が生まれた日であるとしている。

著者は、そうした変調にとても敏感な人なのだろう。

第2章では、日本人の思考方法や言葉が境界を線によって分割するのではなく、曖昧なままに分けていることを明らかにしている。

著者は、日本人の身体観がかつては曖昧さを含みおおらかであったという。さらに、そのおおらかさは、身体だけにとどまらず、他人や他人の身体との関係、あるいは生者と死者の境界も曖昧だった。

その例として、まず夢幻能の『定家』を挙げる。旅の僧(ワキ)が「あるところ」に行きって雨宿りしようとすると、そこの土地の者である女(シテ)が現れ、雨宿りしようとしている「時雨の亭」は藤原定家が建てたところだという。その後、2人の会話は定家の歌を交互に詠むことで進行するが、途中から主客が曖昧になり、シテが言うべきことをワキが言い、シテとワキの境界が曖昧になっていく。

シテの女は実は幽霊であり、生者であるワキとは別の時間にいる。現世の過去から未来へと流れる「順行する時間」に対して、シテが住まうのは永遠の時空であり、永遠から現在へと向かって流れる「遡行する時間」である。ふたりの会話が盛り上がった瞬間、2人の間に流れる時間の境界も曖昧になる。そのとき時空が歪み、シテの生きていた「いま」が出現する。

日本人の認識の曖昧さは、空間についてもいえるという。例えば、区切られた閉鎖空間の内部は「うち」であり、その外部空間は「そと」であるが、その間にある曖昧な空間は「なか」と呼ばれる。日本家屋の縁側は「なか」である。「なか」に入れるのが「なかま(仲間)」で、「うち」まで入れるのが「みうち(身内)」ということになる。

第3章では、人と人との境界が曖昧になるだけでなく、その曖昧さがさらに拡張して、身体が環境に溢れ出てしまい、さらにはそれによって身体と身体との同期が起きるという能の世界が語られる。

(シテとワキの)会話がピークに達したときには、ふたりの心情でも、ふたりの行動でも、またふたり自身のことでもなく、情景・風景が謡われる。会話するふたりの間の境界がなくなり「思い」に達し、それがさらに進むと、ふたりどころか環境との境界も曖昧になり、ふたりは環境と一体化してしまうのです。(p.120)

人間が自然と一体化するという日本古来の考え方として「草木国土悉皆成仏」を挙げている。『源氏物語』の「夕顔」をもとにした能『半蔀(はじとみ)』に、何度も登場する句だという。これは『涅槃経』にある「一切衆生悉有仏性」がもとになっているが、「一切衆生」は人間が対象だ。最澄や空海にはこの思想があったので、日本仏教の前提となった感があるという。

第4章では、「思い」が溢れ出る場所である「はら」と「きも」、そして「ため息」、「もののあはれ」や首狩り族の歌と能の音楽についての考察。

「腹」の語源は「原」であり、「遙か」とも語源が同じで、「はら」は、広大で聖なる原野を意味した。「原」は、呪術的な信仰の聖地であった。脳で決定した「意思」よりも、「肝を据え」て考えた「思い」は強く、「腹が立つ」のは怒りが腹に据えかねたときだ。

日本人の身体観の基本は、自他の区別なく、また環境と自己との差別もない曖昧な身体でした。ふだんはそれは曖昧な境界線の中にとどまっていますが、なにかあるとすぐに溢れ出し、他人と一体化し、自然と一体化しようとします。「あはれ」とは、他人や環境と一体化せんとあふれ出た、蠢く自己の霊性そのものなのです。(p.205)

古来、日本人は身体に対しておおらかだった。自然の中に身を置き、ゆったりと生きていた。夏目漱石は、「体を鍛える」といった考えは、明治以降に西洋から伝来した「体を鍛える」と言った考え方を「伝染病」と呼んだ。その古来の身体観が残っているのが能の世界であり、能楽師は高齢になっても現役を続けられるという。


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『サバイバル宗教論』佐藤優(文春新書 955)

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『サバイバル宗教論』佐藤優(文春新書 955)


クリスチャンで同志社大学大学院でプロテスタント神学を学んだ著者は、「キリスト教という宗教の力を危機的状況に陥っている人間の救済(サバイバル)のために生かすこと」にこだわり続けているという。

本書は、著者が2012年に臨済宗相国寺で僧徒を対象に「危機の時代における宗教」をテーマに、キリスト教の視座から見た危機に対する克服の処方箋について行った連続講義が元になっている。

博覧強記の著者だけに、宗教・救済・国家・民族・沖縄・民主主義・中間団体(宗教団体)と、さまざまな知識を披瀝しながら縦横無尽に展開されていて楽しい。

各講義の終わりには「質疑応答」があって、質問者からの的確な質問に明快に答えていて講義録を重層化することに成功している。

【目次】

第1講 キリスト教、イスラーム教、そして仏教
 母親の沖縄戦体験と信仰
 父親の最期と葬儀 ほか
第2講 「救われる」とは何か
 宗教は何のためにあるのか?
 宗教と物語 ほか
第3講 宗教から民族が見える
 フョードロフという謎の思想家と宇宙開発
 ソ連・イギリス・イスラエルの民族と国家 ほか
第4講 すべては死から始まる
 宗教をもつのは人間だけ
 人類はどう発展してきたのか? ほか


鈴木宗男に“外務省のラスプーチン”と名付けられただけあって、著者の語りは恐ろしく巧みだ。

クリスチャンが何を語るのか、と待ち受ける僧侶たちに向けて、著者は母親の話から始める。

14歳で沖縄戦に駆り出された母親は、隠れていた壕が米軍に発見され、手榴弾の安全ピンを抜いて自決寸前だったところ、「死ぬのは捕虜になってからでもできる。ここはまず生きよう」という陸軍伍長の言葉で思いとどまって降伏したという。国家を信じられなくなった母親は、戦後すぐにキリスト教の洗礼を受けた。著者は、母親からキリスト教徒になるように勧められたわけではなかったが、同志社大学で神学を学ぶようになったという。

著者の専門であるキリスト教とイスラム教に関しては、その歴史や各学派について詳しく解説している。また、1988年から1995年まで在ソ連・ロシア日本大使館に分析官として駐在していたため、ロシアや東欧についても実に詳しく分析している。

さらに、日本の思想史についてもクリアカットな見解を示している。日本人の思考方法の説明では、「知識人や学者の95%は講座派的な思考で、残りの5%が労農派的な思考」と看破している。

1930年代の日本資本主義論争が、現在の知識人の考え方の鋳型になっているというのだ。共産党系の講座派は「絶対主義天皇制」を打破するには、資本家を中心とした市民革命で天皇制を打倒し、次の段階として社会主義革命を起こすに段階革命論を唱えた。これに対して労農派は、天皇には権力の実体がないので、直ちに社会主義革命が可能だとした。

結局、両派ともに弾圧されたが、講座派からは「日本の特殊性」という思考が生まれ、戦後の「日本型経営」といった思考パターンも生まれた。叔父であり典型的な講座派歴史学者だった網野善彦の影響を強く受けた講座派的思考の持ち主として中沢新一の名前を挙げている。

一方、労農派的な発想では、日本の特殊性と呼ばれるものは、究極的には問題ではなく、国際標準と比較的合致しやすいことになる。世界システム論の立場に立つ柄谷行人とマルクス経済学者の宇野弘蔵の著書が、日本よりも英語圏でよく読まれていることを挙げ、2人は労農派に親和的だとしている。

著者は、講座派と労農派の2つの考え方の対立を克服することが、キリスト教や仏教のような救済宗教の土着化に必要だという。

最後に、宗教が危機的状況の克服に果たす役割について述べている。

東日本大震災後、しばらくの間、「きずな」という言葉がさまざまなメディアで毎日のように喧伝され、薄気味悪いと感じた人も多いはずだ。

本書によれば「きずな」のイタリア語は「ファシオ」だという。国家が資本家と労働者の間に立って国を「束ねる」としたファシズムの語源だ。国家やメディアがばらばらの人間をまとめる「きずな」を強要するのは、外部に敵を内部に非国民を作り出す思想なのだ。

国民がばらばらになると、国家が束ねて強化しようとする発想が生まれる。国家による国民一人ひとりへの直接的な支配によって、社会的矛盾の一部は解決できるかもしれないが、必ず非国民を生み出し、官僚支配の管理命令型社会になる。

著者は、それに対抗する拠点の受け皿となるのが宗教団体だという。宗教団体は、国家と個人の間にある「中間団体」であり、自己完結しているからだ。


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『日本の風俗嬢』中村淳彦(新潮新書 581)

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『日本の風俗嬢』中村淳彦(新潮新書 581)


日本では、性風俗産業で35万人ほどの女性が働いているという。F1層(20-34歳の女性)の人口は約1000万人なので、28人に1人だからほぼクラスに1人という計算になる。

本書は、利用者向けの情報しか語られない風俗産業について、業態・法律・経営者や働く女性、スカウトへのインタビューなど多角的に調査し、日本の性風俗を包括的に分析した性風俗入門書になっている。

【目次】


第1章 性風俗の現在
  1 風俗嬢と売春婦は別物なのか
  2 誰がいつ逮捕されるのか
  3 日本に性風俗店は何店舗あるのか
  4 現在どのような風俗店が存在するのか
  5 裏風俗とはどんなものか
  6 サービスはどこに行き着いたのか
第2章 ビジネスとしてのデリヘル経営
  1 デリヘルは儲かるのか
  2 暴力団との関係はどうなっているか
  3 どんな客が迷惑か
  4 警察との癒着はあるのか
第3章 激増する一般女性たち
  1 日本に風俗嬢は何人いるのか
  2 女子大生はなぜ風俗嬢を目指すのか
  3 なぜ介護職員は風俗に転職するのか
  4 なぜ「狭き門」になってきたのか
第4章 風俗嬢の資格と収入
  1 主婦はなぜ一線を越えたのか
  2女性たちのレベルはなぜ向上したのか
  3 実際にどのくらい稼げるのか
  4 人材はどう育成されているのか
  5 個人売春はワリにあうか
第5章 スカウト会社とスカウトマン
  1スカウト会社とは何か
  2 スカウトマンは気楽な家業か
第6章 性風俗が「普通の仕事」になる日
  1 性風俗は普通の仕事になるか
  2 風俗嬢の意識の変化をどう見るのか
  3 安心して働ける職場になるのか


本書によれば、風俗店は1999年と2006年の風営法改正によって大きく変わったようだ。

まず、1985年に「風俗営業適正化法(風俗営業等の規則及び業務の適正化等に関する法律)」が施行され、さらに1999年の同法改正で性風俗店の届出が義務となって、デリバリーヘルス等の無店舗型が「合法化」されたことだ。

さらに、2006年に同じく「風営法」が改正され、看板を掲げずマンションの一室などで営業するデリヘルの受付所や待機所も店舗とみなされることになり、さらに賃貸物件だと大家の承諾が必要になったことが、無店舗型増加の一因になったという。そのため、デリヘル等の無店舗型の届出数は、毎年1000〜1500店程度増え続けているという。

著者は、日本にある性風俗店の店舗数を、違法店も含めておおよそ1万3000店と推測している。性的サービスを伴う「性風俗関連特殊営業」の届出は、

 ・店舗型第一号営業:ソープランド
 ・店舗型第二号営業:ファッションヘルス、性感マッサージ、イメクラ、エステ、ピンサロ(のうちの一部)
 ・無店舗型第一号営業:各種デリバリーヘルス、ホテルヘルス

の3種で、2011年の届出状況は

 ・店舗型第一号営業:1246店
 ・店舗型第二号営業:822店
 ・無店舗型第一号営業:17204店

ピンサロや本サロには、本来はキャバレーやキャバクラなどが対象の「風俗営業一号営業」「風俗営業二号営業」として届出たり、無届で違法営業している店が、少なくとも2500店あると推測している。

また、デリヘル等の無店舗型風俗は開業が容易である一方、競争が激しく、実際に営業しているのは半数程度8500店舗と見ている。

以上から、著者は日本の性風俗店の店舗数を「ソープランド1250店+店舗型ヘルス、イメクラなど820店+無店舗型デリバリーヘルスなど8500店+偽装届出・無届店2500店=1万3070店」と計算している。

では、そこで働く風俗嬢は何人くらいいるのか? 必要な在籍女性の数は、店の規模や知名度、人気によってさまざまで、勤務形態も週1日のバイトから週6日の女性までいて、複数店舗に在籍しているケースもあるとしている。小規模零細から人気店まで平均すれば、25〜30人程度と見ている。

各種性風俗総店舗数1万3000店×在籍女性数25〜30人
=32万5000〜39万人

著者はこの推計から、東京23区の人口が900万人で各区の平均が39万人だから、東京都の1つの区と同程度の人数ということになる、としている。

別の例を挙げれば、39万人という数字は高知県の全女性の人口36万8000人と同程度ということになる。さらに言えば、性風俗で働いている女性の多くがF1層(20-34歳の女性)とすると、F1層の人口は女性全体の約16%程度であることを考慮すれば、女性人口が189万5000人の静岡県と同程度ということになる。

風俗嬢になるには、インターネットや雑誌の求人広告、風俗嬢の紹介、スカウト経由の3つのルートがある。

インターネット普及以前は、風俗嬢になるのは派手な表紙の高収入雑誌を購入したり、スカウトに声をかけられて立ち止まったり、風俗嬢の知り合いがいたりする一部の女性に限られていた。ところが、2000年に入るとさまざまな高収入求人サイトが立ち上がり、またそれぞれの性風俗店がホームページで女性たちの求人活動を始めるようになり、これまで性風俗とは縁遠かったはずの多くの一般女性が、それらの情報を日常的に閲覧するようになって、風俗嬢就職の敷居が低くなった。

しかし、簡単に性風俗にアクセスできるようになったために供給過多となり、性風俗も狭き門になっているという。

新宿歌舞伎町でかつてデリヘルを経営した人物によると、求人サイトの応募は1日1〜3人。月に20人ほど面接を行って採用するのは多くて3人。過半数は風俗嬢として耐えうるレベルに達していないので断るらしい。採用率15%という狭き門なのだ。

前著『職業としてのAV女優』にも書かれていたが、性風俗業界も女性を貧困から救うセーフティーネットとして機能しなくなっているのだ。

カラダを売りたくても売れない層が大量に現れたのは、おそらく歴史的に現在が初めてではなかろうか。(p.154)

性風俗店が女性を選ぶポイントは、第一に容姿。面接では顔と体型を中心に胸の大きさ、ヒップ、脚などのパーツを精査される。やる気があるのか、コミュニケーション能力があるかなどの性格や人格は面接の段階では優先順位の下位であり、容姿が基準に達していれば採用される可能性はきわめて高い。

著者が、ベテラン風俗嬢・風俗ライター・デリヘル経営者などの意見を聞いて作成した各種風俗店の採用基準が下記。ごく普通の公立中学校のクラスに女子20人がいるとして、容姿の優れている順番に並んでもらい、9〜11番目が偏差値50というイメージだという。

■2014年版各種性風俗採用の難易度と給与(収入の目安)
偏差値80 単体AV女優(1本40〜100万円)
偏差値72 企画単体AV女優(1日12〜25万円)
偏差値68 高級デリバリーヘルス(60分2万円以上)
偏差値67 高級ソープランド(120分2万5000円以上)
偏差値66 SM女王様(60分2万5000円以上)
偏差値62 企画AV女優(1日3〜8万円程度)
偏差値61 店舗型イメクラ(60分1万円以上)
偏差値60 都市部人気デリヘル(60分1万円以上)
偏差値59 回春マッサージ、M性感(60分1万円以上)
偏差値58 SMクラブM女(60分1万5000円以上)
偏差値57 大阪のちょんの間(10〜20分8000円以上)
偏差値56 都市部ファッションヘルス、デリヘル(40分6000円程度)
偏差値55 大衆ソープランド(60分1万円、120分2万円程度)
偏差値54 韓国デリヘル(60分1万円以上)
偏差値53 都市部人気ピンクサロン(時給2500〜3500円)
偏差値52 格安ソープランド(50分7000円程度)
偏差値51 地方デリヘル(60分8000円程度)
偏差値50 地方ファッションヘルス(40分5000円程度)
偏差値49 本番サロン(30分6000円程度)
偏差値47 都市部格安デリヘル(40分4000円程度)、地方ちょんの間(30分5000円程度)、地方ピンクサロン(時給1800〜2000円)

採用率は、単体AV女優は300〜500人に1人なので0.3〜0.2%、企画単体AV女優およそ3%、偏差値60台は10〜20%、偏差値50台は30〜40%、偏差値40台は60〜70%ということらしい。

風俗嬢は、最も多い層である偏差値50前後やそれ以下の女性では、カラダを売る覚悟をしたからといって高収入は望めない。

性風俗専業でそれなりの生活をするには偏差値55のラインを越えられるかどうかがポイントである。それ以下になると一般の仕事と大差がなくなり、将来の結婚や病気、周囲にバレるなどのリスクを考えるとわざわざ性風俗で働くメリットがない。別の道を探したほうが賢明である。(p.172)

しかし、地方出身の女子大生や介護職員など貧困から性風俗で働く女性が増えているという。ただし、従来のような「借金カタ」ということではなく、ポジティブな生き方の1つとして自ら積極的に選択しているのだ。



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■関連新書
『職業としてのAV女優』中村淳彦(幻冬舎新書 263)



『知の英断』ジミー・カーター/フェルナンド・カルドーゾ/グロ・ハーレム・ブルントラント/メアリー・ロビンソン&マルッティ・アハティサーリ/リチャード・ブランソン 吉成真由美インタビュー・編(NHK出版新書 432)

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『知の英断』ジミー・カーター/フェルナンド・カルドーゾ/グロ・ハーレム・ブルントラント/メアリー・ロビンソン&マルッティ・アハティサーリ/リチャード・ブランソン 吉成真由美インタビュー・編(NHK出版新書 432)


2007年、南アフリカのネルソン・マンデラ元大統領とフツ大主教のもとに、ジミー・カーターをはじめ元首脳の「長老」たちが集まって「The Elders(エルダーズ)」という国際人道団体が作られ、世界平和と虐げられている人々の救済活動をしている。仕掛け人は、ヴァージングループの総帥リチャード・ブランソン。

本書では、エルダーズのメンバー5人とブランソンの経歴や政治的理念とエルダーズとしての活動を明らかにしている。

本書の原文は「エルダーズ(The Elders)」の公式サイト(http://theelders.org)に掲載されている。そしてその日本語訳は、『中央公論』2013年10月号〜2014年3月号に掲載された。本書は、その記事に加筆し、カーター元大統領の序文を加えたものだ。

【目次】

第1章 戦争をしなかった唯一のアメリカ大統領—ジミー・カーター
第2章 五〇年続いたハイパーインフレを数か月で解消した大統領—フェルナンド・カルドーゾ
第3章 「持続可能な開発」と「少女結婚の終焉」—グロ・ハーレム・ブルントラント
第4章 「人権のチャンピオン」と「世界一の外交官」—メアリー・ロビンソン&マルッティ・アハティサーリ
第5章 ビジネスの目的は、世の中に“違い”をもたらすこと—リチャード・ブランソン


仕掛け人であるリチャード・ブランソンによると、エルダーズ創設のきっかけは2003年のイラク戦争だったという。

イラク戦争が始まったとき、ブランソンはネルソン・マンデラと相談して、マンデラがフセインに退任をするよう説得しようとした。しかし、爆撃が始まったために対話は実現しなかったが、ブランソンはこう考えたという。

世界には、高いモラルと卓越した外交手腕、並びに比類なき交渉経験を備えた素晴らしい人々が少なくとも12人いて、彼ら人生の残りの10年ないし15年、「グローバル村の長老」として活躍してくれるのではないかと。(p.195)

そこで、ネルソン・マンデラに相談してエルダーズの創設者になってもらい、元首脳たちに声をかけてもらったという。

現在のエルダーズ・メンバーは以下の12人。

故ネルソン・マンデラ(南アフリカ元大統領)
マルッティ・アハティサーリ(元フィンランド元大統領)
コフィー・アナン(前国連事務総長)
エラ・バット(インドの女性活動家)
ラフダール・ブラヒミ(アルジェリア元外相・国連特使を歴任)
グロ・ハーレム・ブルントラント(ノルウェー元首相)
フェルナンド・カルドーゾ(ブラジル元大統領)
ジミー・カーター(アメリカ元大統領)
ヒナ・ジラニ(パキスタン人権委員会創設者・弁護士)
グラサ・マシェル(マンデラの3番目の妻)
メアリー・ロビンソン(アイルランド元大統領)
デズモンド・ツツ(ケープタウン元大主教)
エルネスト・セディージョ(メキシコ元大統領)

超大国アメリカの大統領だったジミー・カーター以外はノルウェー、アイルランド、フィンランド、アルジェリア、ブラジルといった小国と中進国の元首脳たちと女性活動家たちである。

驚かされるのが、それぞれが国家首脳を辞任した後に、国際機関やNGOなどで世界平和や人権問題に積極的に取り組んでいるということだ。日本にはこうした世界的な視野で活動している元首脳はいない。残念ながら、ブランソンの言う「高いモラルと卓越した外交手腕、並びに比類なき交渉経験」をもった元首脳が日本にはいないということだ。

50年間続いたブラジルのインフレをたった半年で一挙に可決したフェルナンド・カルドーゾは、「薬物政策国際委員会」の委員長として、ドラッグ問題を「刑事問題」から「健康問題」へとパラダイムシフトしようとしているという。

需要を減らさない限り、ドラッグの問題は解決しない。タバコの場合と同じように、ドラッグが健康にいかにひどい影響を与えるかということを、宣伝する必要があります。(p.79)

ヨーロッパではポルトガルだけが、ドラッグを「合法化」するのではなく「脱犯罪化」した。ドラッグの所持、使用は今でも違法だが、所持が見つかった場合でも、10日分の使用量を所持した場合には駐車違反程度の罰金ですむ。しかし、それ以上はドラッグの売人とみなされ刑事法違反となる。これによって刑務所費用とドラッグによる死亡者が激減し、国内使用量も減ったという。

「持続可能な開発(Sustainable Development)」は、ノルウェー首相だったグロ・ハーレム・ブルブラントが委員長を務めた「環境と開発に関する世界委員会」が1987年に提出した報告書の中心理念である。現在では、環境保全についての基本的な共通理念として、国際的に広く認識されている。

女性の地位向上や少女結婚を根絶する運動を続けているメアリー・ロビンソンは、次のように述べている。

紛争の渦中にある国々の女性たちは、自分たちはテーブルについていないと常に感じているのです。彼女たちは実際にローカルな共同体レベルでは平和推進活動をしていますが、正式な和平交渉の舞台になると、悪い男たちが悪い男たちと話をしては、お互いに許し合ったりするというような図式になる(笑)。(p.154)

それぞれは素晴らしい業績に彩られていて、現在も国際機関やNGOで目覚ましい活動を行っているが、エルダーズという組織としての実績はどうなのか。

カーターは、35年間にわたってパレスチナ問題を研究してきたと言い、2007年にはアメリカのユダヤ・ロビーやイスラエルを批判する本まで書いている。しかし、パレスチナに侵攻しているイスラエルをなぜアメリカが支援するのか、という吉成の2度の質問にはまともに答えていない。

エルダーズの公式サイトの「Our Work」(http://theelders.org/our-work)を見ると、Climate change、Elders+Youngers、Equality for Girls & Women、Iran、Israel-Palestine、Myanmarの6項目が並んでいる。パレスチナ問題はあるが、かつてあったはずの北朝鮮は入っていない。

2011年にカーターとメリー・ロビンソン、グロ・ハーレム・ブルントラント、マルッティ・アハティサーリが2度にわたって北朝鮮と韓国を訪れたが、「核問題」はもちろん人道的支援についてですら具体的な成果を上げることはできなかった。

北朝鮮問題は、成果が上がらなかったので関与するのを諦めたのだろう。

「外交は人だ」といわれるが、英断できる知の「長老」がいかに集結しても、国家間に働く力学の前では蟷螂の斧にすぎないということだろうか。



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