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昼食難民の新書生活

(新宿・秋葉原・芝浦など各地でのランチと読書)

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さんま塩焼き定食@まま家

秋刀魚は秋が旬だけど、10月、11月と徐々に痩せ細るらしい。美味しい脂が落ちてしまう前に食べなくちゃ。

焼きたての秋刀魚を出してくれる店はどこかと考え、千代田区と台東区の境にある「まま家」へ。「焼きたての秋刀魚」という当たり前のものを食べるにも店を選ばなければならないのが悲しい。

080926まま家

「まま家」は相変わらず30歳くらいの女性と高校生のような少年というちょっと不思議な組み合わせで切り盛りしていて、いつもワイシャツ姿のサラリーマンで賑わっている。ほかの料理には目もくれず「さんま塩焼き定食(650円)」を注文。

080926まま家さんま塩焼き

10分ほど待った後で出て来た秋刀魚は、少しダイエットを始めたところのようだった。添えられたたっぷり大根おろしが嬉しい。丁寧に焼かれた秋刀魚は、塩加減もちょうど良くて美味しい。でも、すでにダイエット中のためか肝が小さかった。夜はおでんの店らしくがんもどきの煮物は薄味で美味しかった。ご飯の炊き方も上手。たった650円なのにちゃんとしているからサラリーマンに支持されるんだね。

そういえば、秋刀魚を食べると胃袋の前あたりに鱗が何枚も重なっていることがあって、子供の頃からずっと不思議に思っていた。まさか鱗が体内で作られるわけなく、体表にある鱗がなぜ内臓に入ってしまうのか謎だったが、誰に聞いても分からなかった。あるとき、インターネットで検索したところ、この秋刀魚の鱗の謎が簡単に解けてしまった。

それは秋刀魚の漁の方法が原因らしい。網で大量の秋刀魚を囲い込み引き上げる際に、秋刀魚の鱗は剥がれやすいので、網に押しつけられた秋刀魚同士がこすれて鱗が簡単に落ちてしまう。そのとき、秋刀魚たちが口をパクパクするので、落ちた鱗を飲み込んでしまう。それが胃袋の入り口に溜まっているから、秋刀魚の塩焼きを食べると内臓に鱗があることになる。そして、売られている秋刀魚には鱗がない、ことになるらしい。


まま家
東京都千代田区外神田6-11-7

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今日のおすすめ定食@梅茶屋

文京区湯島に「三組坂(みくみさか)」という坂がある。徳川家康お附きの「中間」「小人」「駕籠」の「三組の者」に与えられた土地なので三組町と名付けられ、そこにある坂だから三組坂ということらしい。その三組坂の途中の「ホテル江戸屋」の前を通りかかると、「梅茶屋」という居酒屋があるらしい。

080924梅茶屋

1階にあるのに、なぜか地下のような薄暗い奥に店はある。

080924梅茶屋メニュー

久しくチャーハンを食べていないので入ってみることにした。
店内に意外に広く、個室もあるらしい。カウンターに座るように言われる。カウンターの中には厨房があるわけでもないし、「コ」の字の空いている部分が窓に向かっている不思議な配置だった。カウンターの中には野菜が盛られたザルがあるだけだった。

ほとんどの人が頼んでいる「今日のおすすめ定食(880円)」を注文する。

080924今日のおすすめ定食880円@梅茶屋

ほんの数分で残念な料理が到着。食べたかった高菜チャーハンは茶碗1杯分程度しかない。しかも冷め切っていた。きしめんに載ったかき揚げは、ゴボウ・ナス・タマネギ・春菊・椎茸が入った精進揚げかと思っていたら、食べているうちに小さな魚の肉を発見。鯵のようだが、なぜかしょっぱい。塩で締めた鯖ならばわかるが、鯵を塩で締めるだろうか。そして、それをかき揚げに入れるだろうか。いやいや、塩で締めた鯖だとしても、普通はかき揚げには入れないだろう。どういうことなのか。

とても斬新な料理だが、鯵か鯖は小指の爪くらいの肉が2個しかなかったので、味を見極める間もなく胃袋へ。

会計の際に1万円札を出すと「細かいのはないのよね?」とおばさんに尋ねられた。いきなりタメ口だ。「80円ならあるけど」と答えると「それじゃないのよ、そんなのはいらいないのよ。千円札がなくなりそうなの」とおばさんは耳障りなダミ声で不機嫌そうに言う。80円はいらんのかい。

あんただったのか! 店内に響き渡っていたあのダミ声は! 食事の間ずっと、サラリーマン風の男性客しかいないようなのに、なぜか耳障りなダミ声だけがガンガンと響いているので不思議だった。この店のおばさんは暇なときは大声で無駄話をするのだね。


梅茶屋
東京都文京区湯島3-20-3

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『IPS細胞―世紀の発見が医療を変える』八代嘉美(平凡社新書 431)

iPS細胞

『IPS細胞―世紀の発見が医療を変える八代嘉美(平凡社新書 431)

2007年11月21日、「ヒトの皮膚から万能細胞」という見出しが新聞各紙を飾った。京都大学山中伸弥教授が、山中ファクターと呼ばれる4つの遺伝子を使い、iPS細胞(人工多能性幹細胞:induced Pluripoten Stem cell)を作製する技術を開発したというニュースだった。数日後には「文部科学省が今後5年で70億円を投入」「ブッシュ米大統領やローマ法王庁が歓迎のコメントを発表」と、山中教授の研究が世界的な大発見であることを意味するニュースが続いた。

山中教授の業績は、数十年前の日本だったら「ノーベル賞もの」と大騒ぎになっただろう。しかし、一介のサラリーマンでもノーベル賞を受賞できることが証明され、日本人のノーベル賞受賞者数もよくわからないほど多くなってしまった現在では、国民的な関心事というまでにはならなかったようだ。

ところが、数年前の韓国では黄禹錫ソウル大学校教授によるクローンES細胞(ヒト胚性幹細胞:Embryonic Sem Cell)の作製成功のニュースに、国全体が沸き立っていた。韓国からはノーベル賞受賞者がまだ出ていないため「ノーベル賞受賞へ」とマスコミは書き立て、黄教授の巨大な石像が作られたりもした。ところが、共同研究者からの告発で未受精卵の入手方法に倫理的な問題があることが明らかになった。それでも、脊髄損傷や先天性免疫不全の患者などからは黄教授を擁護する声が上がっていた。ES細胞は、再生医療の切り札になると考えられていたからだ。しかし、その後、黄教授の研究成果そのものが捏造であることが明らかになり、ノーベル賞はもちろん研究者としてもの地位も失ってしまった。

トカゲはしっぽが切れてもまた生えてくるので、敵に遭遇するとしっぽを切って逃げる。イモリは手足を切り落としても、しばらくすると再び生えて来る。しかし、ヒトにはもちろんそうした性質はない。それは、われわれには細胞を複製する能力しかないからだ。しかし、われわれ人間の身体は60兆も細胞からできているが、始まりは受精卵1個である。たった1個の細胞が胚になり、脳をはじめ身体を構成するさまざまな細胞に分化するからである。この分化する能力は個体発生の早い時期に失われてしまう。

ES細胞やiPS細胞の作製が世界に衝撃を与えたのは、胚と同じように分化する能力があるからだ。つまり、再生医療の可能性が見えてきたからである。しかも、iPS細胞は自分の皮膚から作製できるので、肝臓などの臓器を作って移植しても拒否反応を心配する必要はないのである。

本書は、日本政府による支援や特許争いの可能性など、その後もたびたび新聞記事になっているiPS細胞と再生医療の可能性について、「なぜiPS細胞は革命的なのか?」「万能細胞といわれるのはなぜか?」「再生医療の研究はどこまで進んでいるのか?」など帯に書かれた惹句の通りとても丁寧に解説している。

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市場の昼食@シェムリアップ(カンボジア)

東南アジアを旅行する際には、市場の近くにあるホテルに泊まることが多い。

市場の近くにはたいてい長距離バスや中距離バスの発着所があり、外国人旅行者向けというよりも現地の普通の人向けの安ホテルが必ずある。果物や飲み水などを買うにも市場が近くにあれば便利だし、見たこともない野菜や果物、魚が並ぶ市場を歩くのが楽しい。そして、市場内にはたいてい地元の人々向けの食堂が必ずあって、安くて美味しい料理を提供している。

アンコールワット遺跡群を訪れたときにも、宿泊地であるシェムリアップ市の市場から50メートルほどのホテルに泊まることにした。昼下がりに市場を訪れると、人影がまばらな中で食堂には客が集まっていた。これだけ人気があるならば、美味しい料理を出す店に違いない。

2002シェムリアップの市場-カンボジア

7~8種類の料理を載せた大皿に並んでいた。タイならば、料理をステンレスの容器に入れて湯煎で温めていたり、フタ付きの鍋に入れていたりするところだが、ここでは露天なのに大皿のままだった。
これがインドやインドネシアだったら、蝿が大量にたかっているところだが、不思議と蝿はいなかった。市場全体で衛生管理が行き届いているのだろうか。

空腹だったので3種類の料理を指さして、空いている椅子に座った。

2002シェムリアップ

豚肉の炭火焼き、豚足と竹の子の醤油煮ゆで卵付き、そして野菜炒め。どれも驚くほど美味しい。焼き物は強火で表面はパリッとしながら中は程良く焼かれ、煮物はじっくりととろけるように煮込まれ、炒め物はごく短時間でシャキッと炒められていた。丸椅子に腰掛け、後ろを通行人が次々に通る少し埃っぽい市場の中で、至福の瞬間だった。


シェムリアップ(カンボジア)Googlemap

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焼き餃子1人前+水餃子1人前+ライス@宇都宮みんみん

宇都宮へ。なぜか宇都宮で「餃子」がフィーチャーされるようになって久しいが、これまで高速道路のサービスエリアでしか食べたことがなかった。せっかく宇都宮まで来たのだから、やはり餃子を食べてみよう。

ネットで調べると、宇都宮餃子の2大巨頭は「正嗣(まさし)」と「宇都宮みんみん」らしい。「正嗣」は残念ながら訪ねる時間がなかったので、「宇都宮みんみん」へ。駅ビルに接続しているパセオに支店がある。とはいっても、改札口を出てビル内をしばらく歩く。

まだ12時前なのに、店頭には行列ができていた。

080925みんみん店頭

券売機で「焼き餃子1人前+水餃子1人前+ライス(580円)」を買う。20席ほどの店内は満席だった。ちょうどカウンター席が空いたところだったので待たずに座れた。
焼き餃子とライス、ザーサイはすぐに到着。

080925みんみん餃子

餃子の具は、キャベツとニラ、豚肉のようだ。具が割りと大きめに切ってあるので食感が楽しめる。でも味は驚くほどフツー

水餃子がなかなか来ない。焼き餃子を食べ終わったころ、ようやく到着。私よりもずっと先に頼んだ人にも今ごろになって提供されたようだ。彼女も焼き餃子を食べ終わってずっと待っていた。

水餃子は、焼き餃子と違い皮はモチモチ感がある。具の風味も焼き餃子より強いようだ。でも味はフツーだな

高速のサービスエリアで食べた宇都宮餃子もフツーだったが、あまりにフツーすぎてこれが有名な宇都宮餃子かと腰砕けになる。

こんなものか。


宇都宮みんみん パセオ店
栃木県宇都宮市川向町1-23 駅ビルパセオ1F

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ガパオ@ドンコーイ

地下鉄末広町駅から1分ほど、秋葉原の中央通りにあるインド・パキスタン料理店「シディークAkibaカレー館」の前を通ると、3階がタイ・ベトナム食堂「ドンコーイ」になっていた。シディークは都内各地にカレー専門店を展開しているグループで、経営者がパキスタン人なので「インド料理店」ではなく「インド・パキスタン料理店」とわざわざパキスタンの名を加えているらしい。「パキスタン料理店」では客を呼べないから、しかたなく「インド」の国名を加えたということなのだろう。もっとも60年ほど前までは、インドとパキスタンは1つの国だったわけだから、2つの国名を掲げても間違いではないのかもしれない。働いている人たちも、パキスタン人ではなくインド人が多いようだ。

いずれにしても、シディーク・チェーンは日本人向けにアレンジして辛みを抑えてはいるが、まっとうなインド料理を食べさせてくれる。そのチェーンが、タイ・ベトナム料理店を開いたということらしい。

080917ドンコイ

狭い階段を上って3階へ上ると、店内には誰もいない。

080917ドンコーイのメニュー

メニューを見ると、麺類はベトナムのフォー、ご飯物はタイ料理になっていて、小さいフォー付きのセットもある。上ってきたインド人らしい店員にタイ料理の「ガパオ(880円)」を注文する。

しばらく待つと料理が到着。

080917ガバオ880円@ドンコーイ

な、なんだこれは! 目を疑うような料理が登場した。ガパオがスープカレーのようにシャバシャバしている。これではスクランブルエッグを注文したのに、卵スープが出てきたようなものだ。

これまでタイと日本で何度もガバオ(ガイ・パット・ガパオ・ラオカーオ・カイダーオ:鶏肉・炒める・ホーリーバジル・ご飯載せ・目玉焼き。つまり、鶏肉挽肉のバジル炒めかけご飯の目玉焼き載せ)を食べてきたが、これはガパオではないガバオは、鶏肉をナムプラーや唐辛子などの調味料で炒めたところにバジルを入れ、水分が抜けてパラパラになるように炒める料理なのだ。スープでシャバシャバのガバオなんて見たことも聞いたこともない。唐辛子やホーリーバジルを使っていないようで風味もちょっと違う。

でも、改めて食べてみると決してまずい料理ではなく、むしろ美味しいと言ってもよいかもしれない。でも違うんだよな、と思いながら食べていると、インド人らしい店員がやってきて「味はいかがですか?」と質問された。当然のことながら「まずくはないけど、これはガパオではないよ」と答えざるを得ない。すると店員はシャバシャバの理由を説明してくれた。

3年ほど前に「ドンコーイ」日本橋三越店で、普通のガバオを出したところ、「パサパサしていて食べにくい」と日本客からクレームが相次いだ。だから、食べやすいようにスープを加えるようになった、ということらしい。本当だろうか? 最近はタイ料理店も増えているし、ガパオはタイ料理を代表する料理の1つと言える。食べたことのある人も多いはずだ。
「でも、この料理をタイ人が食べたらビックリしちゃうよ。美味しいけど、これは全く違う料理だよ」
「そうですか」
あまり納得した様子もなく、店員は去っていった。

インド人がタイ料理を作るのは別にかまわないけど、違う料理を出すならばメニューの料理名を変えるべきだろう。


ドンコーイ 秋葉原店
東京都千代田区外神田3-16-14

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鉄火丼@さか井

軽いものを食べたくて以前、鰻のまぶし丼さばのみそ煮定食釜揚げしらす丼を食べた「丼物のさか井」へ。

080630さか井

カウンター席だけの狭い店だが、12時半を過ぎると空いている。「まぶし丼」と並んで名物の「鉄火丼(550円)」を注文する。

待つこと数分で料理が登場。

080918鉄火丼550円@さか井

山芋のトロロをかけて食べる。トロロの分量が少ないような気がしたが、さにあらず、醤油と味醂でヅケにした鮪がさっぱりした味になるちょうどピッタリの量だった。みそ汁は、魚のアラから採った出汁なのでちょっと甘めだが、深い味わいで美味しい。

相変わらず素晴らしい。

でも、この店はご飯の量が少ないので、大食いの人は「大盛り」を頼んだ方が良いかもしれない。

丼物のさか井
東京都千代田区外神田3-8-13

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『魯山人の美食―食の天才の献立』山田和 (平凡社新書 427)

魯山人の美食

『魯山人の美食―食の天才の献立』山田和 (平凡社新書 427)

著者は、『知られざる魯山人』で平成20年度大宅壮一ノンフィクションを受賞したノンフィクション作家。新聞社の地方記者だった著者の父親は、北大路魯山人と交流があり、自宅には1000点を超える魯山人作の陶器があって、普段の食器として使っていたという。

本書は、主に魯山人が編集した雑誌『星岡』に掲載されたレシピをもとに、30品目の料理を紹介している。口絵には著者自身が調理し魯山人の器に盛って撮影したそのいくつかが載っている。食材の入手が困難な料理もあるが、ほとんどは家庭でも再現可能な料理だ。

本書によれば、魯山人は食材が持つ天然のうまさにかなうものはないと考えていたようだ。食材の吟味に細心の注意を払い、鮮度を何よりも大切にしたため、入手するためのお金を惜しまなかった。だから、星岡茶寮に出す食材は、明石から鯛を取り寄せるためには飛行機を使い、岐阜の鮎はトラックで生きたまま運ばせたのである。現在なら珍しくもないが、これは昭和の初めのことである。

食材の持ち味を味わうことを大切にしたから、魯山人式すき焼きや魯山人式鍋料理は、肉、野菜、魚をそれぞれ順番に食べる分だけ鍋に入れ、一緒に煮込むようなことはしなかった。

また、食材の持ち味を殺すような加工しすぎた料理を嫌ったという。だから、パリのトゥール・ダルジャンで鴨料理にソースをかけないで持ってこさせ、おもむろに持参した粉わさびを溶いてわさび醤油で鴨を食べるという、同行した作家の大岡昇平を震撼させるようなこともした。

父親を通して魯山人の薫陶を受けた著者だからこそ知りうるエピソードも書かれているが、魯山人とは関係ないかもしれない実家の料理を書いているのはいかがなものか。

孫引きになるが、最後に魯山人の言葉を引いておこう。

「うまいものが食いたい人は、他人に頼らないで、自分の好きなものを自由に選び、自由に食えば、山の鳥や野獣のように本来の目的は達し得られる」(「個性なき飲食」『独歩 魯山人芸術論集』)

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お楽しみ日替膳@割烹さくら

昌平橋通りの1本西側の通りにある「割烹さくら」は、会席料理の「新開花」がやっているカウンターとテーブルの割烹料理店。昼時に店の前は何度も通ったが、店頭のメニュー「御昼食御献立」には、冒頭に「雪」「月」「花」「松」それぞれ1700円と書かれているので、恐れをなしてこれまで入店しなかった。改めてメニューを見ると、最後に「お楽しみ日替膳 1000円」とあったので入ってみた。

080922割烹さくら

カウンターに座ると、まず蒸しタオルと一緒に運ばれてきたのが鶏ガラスープだったので驚く。アクや脂が丁寧に取ってあったので刻みネギが浮いていたのに中華スープっぽくはなかった。

扇に書かれたメニューにはいろいろと料理は載っていたが、迷うことなく「お楽しみ日替膳 1000円」を注文する。

080922日替わり御膳1000円@割烹さくら

メインは鮭の幽庵焼き。大振りの鮭は薄味だったが、柚の香りはあまりしなかったし、酸味もあまり感じされなかった。ケシの実を散らした美味しい味噌をつけて食べた。小鉢は、白身魚の南蛮漬け風、エノキダケ・三つ葉・油揚げの煮物、カボチャのきんとんの3種。みそ汁の具は麩と豆腐。ご飯が少し軟らかかった。

これにコーヒーか紅茶が付いて1000円。満足する人は多いと思う。


割烹さくら
東京都千代田区外神田2-8-14

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『「古事記」の真実』長部日出雄(文春新書 649)

「古事記」の真実

『「古事記」の真実』長部日出雄(文春新書 649)

『古事記』は太安万侶が稗田阿礼が暗誦していた神話を編纂した、と学校では習った。しかし、著者は『古事記』を実質的に編纂したのは天武天皇と稗田阿礼ではないかという。

その証拠の1つとして、『古事記』の執筆期間がわずか4カ月間だったという点を挙げている。『古事記』の序文によれば、元明天皇から太安万侶に撰緑の命が下ったのが和銅4年9月18日で、撰緑を終えて献上されたたのが翌和銅5年正月28日である。この記述が正しいのであれば、編纂作業はどう進められたのだろうか。

『古事記』序文によれば、天武天皇の命で稗田阿礼が諸家に伝えられていた『帝辞』と『旧辞』を暗誦し、それを太安万侶が聞き起こして元明天皇に提出したことになっている。しかし、書き写すだけでも4カ月弱は短すぎるのではないのだろうか。こんな短期間に『古事記』を編纂することは不可能ではないか。稗田阿礼が『古事記』全文を暗誦していたというのもかなり無理があるし、それを4カ月という短期間で文字にしたというのも無理があるように思える。実は、天武天皇の指示で『帝辞』や『旧辞』が集められ、『古事記』の原型となるテキストはすでに書かれていたのではないだろうか。

『古事記』と『日本書紀』は、記紀として2つセットで扱われることが多い。これは実は不思議なことである。『日本書紀』が正史であるのに対し、『古事記』は序文に天智天皇による「帝紀を撰録し、旧辞を討覈して、偽りを削り実を定めて、後葉に流(つた)へむと欲(おも)ふ」とあるものの、正史ではないとされる。ほぼ同時期に2つの歴史書を編纂しなければならない理由はどこあったのか。しかも、『日本書紀』の撰者は天武天皇の息子である舎人親王なのである。

森博達の『日本書紀の謎を解く』(中公新書)によれば、『日本書紀』は漢文の用法からα群(巻14-21、24-27)とβ群(巻1-13、22・23、28・29)に分けることができ。α群はおおむね正確な漢文で書かれているのに対し、β群には倭習(日本独自の漢文の誤用、奇用)が多く見られることから、前者を渡来人の執筆、後者を日本人の執筆ではないかと推定している。表記が不統一の理由はどこにあるのか。

著者は、仏教と神道、天皇の権威と権力の分離、唐楽と高麗楽だけだった宮廷雅楽への国風歌舞の追加など、2つの対立する事物を同時並列で活かす優れた知恵を持っていた天武天皇こそが、『日本書紀』と『古事記』という2つの歴史書を残す知恵を持っていたというのだが。

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昼食時は「難民」と化して「新書」を片手に、都内各地を彷徨っています。

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