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『シリーズ日本古代史② ヤマト王権』吉村武彦(岩波新書 1272)

ヤマト王権


シリーズ日本古代史② ヤマト王権』吉村武彦(岩波新書 1272)


シリーズの第2巻である本書では、倭国からヤマト王権、飛鳥時代前夜までを紹介している。

著者は、日本列島の政治的統合のプロセスを時系列で以下のように位置づけている。

(1)倭国としての統合の展開(1世紀末から2世紀初頭)
(2)近畿地方を中心とする定型的企画をもつ前方後円墳秩序の形成(3世紀後半)
(3)ヤマト王権の成立(4世紀前半)

本書では、(1)を中国の史書によって推定し、(2)を前方後円墳の比較検討によって推定している。

断定はしていないが、邪馬台国の位置を畿内それも奈良盆地南東部としている。著者は、ヤマト王権が初期段階では奈良盆地南東部の纒向遺跡周辺にあったとみており、しかも当初は奈良盆地の他の地域に対して絶対的な優位にあったわけではない、としている。ここで疑問になるのは、弱小なヤマト王権がいかにして地域豪族を統合することができたかという点だが、残念がら本書にその答えはない。

また著者は、実在を疑われる天皇について、その名前から存在を否定している。例えば、神功皇后の名前のオキナガタラシヒメは、タラシという7世紀の名称を除けば、気長(息長)宿禰王の娘を意味するオキナガヒメという一般的な名称だから実在したとは思えない、としている。

「帝紀」や「旧辞」を元にしたとしても、『古事記』や『日本書紀』の筆者は、後世の人々が簡単に虚偽を見破るような命名をしたのか。ヤマト言葉を知る人ならば誰でも気づくように「この天皇は実在しませんよ」と宣言しているかのようだ。外国人ならば気付かないだろうということだったのだろうか。

前方後円墳は、120余国あったとされる倭の政治的統合の最終段階として成立した。その結果として、次の新しい段階としてヤマト王権が成立した、というのが著者の立場である。前方後円墳の形成から終了までの歴史が、ヤマト王権成立から律令国家成立までと重ならないからだ。



『農耕社会の成立―シリーズ日本古代史①』
『飛鳥の都―シリーズ日本古代史③』
『平城京の時代-シリーズ日本古代史④』
『平安京遷都―シリーズ日本古代史⑤』
『摂関政治―シリーズ日本古代史⑥』


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