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『寺社勢力の中世』伊藤正敏(ちくま新書 734)

寺社勢力の中世


『寺社勢力の中世―無縁・有縁・移民』伊藤正敏 (ちくま新書 734)

本書は画期的な本である。

本来ならば、一般向けの新書ではなく、歴史研究書として専門出版社から上梓されるべき新知見に満ちた内容だ。

著者は網野善彦の研究を継承していることを自認するが、本書では網野の業績を大きく超えた研究の成果が明らかにされる。

寺院に残る社歴や貴族の日記から中世に光を当てる研究は、これまで誰もやらなかったことらしい。本当だろうか。

著者が考える「中世」とは、荘園整理の始まった1070年(文久2)から豊臣秀吉による刀狩令が出された1588年(天正16)までの約500年間に及ぶ。日本の中世は、江戸時代の2倍の長きにわたるのだ。

「寺社勢力」とは、中世になって寺社に所属する僧侶のほとんどが国家公務員ではない僧侶となり、要求を通すために仏神の威を背景に、100人から1000人の集団で「嗷訴」と称し、神輿をかついで団体で朝廷に押しかけ、王権を威嚇するようになったことをいう。広大な荘園を背景にした経済力だけでなく、武力も備えており、もはや単なる宗教集団ではなく、権力集団と化しているため「勢力」と呼ぶ。

本書では、比叡山延暦寺をはじめとした「寺社勢力」のこうした驚くべき実態が明らかにされている。網野善彦が明らかにした「無縁所」としての寺社だけではなく、数多くの職能集団を備え、金融サービスを背景とした経済力によって、「境内都市」としてヨーロッパの城郭都市にも似た存在である。

境内都市の実権者は、貴族や武士より下の身分に属する名もない「庶民」出身の「行人」だった。そのため、無縁所は権力から嫌悪され続けた。(p.147)

中世の寺院には、学侶(貴族・武士・富裕層出身者)、行人(雑役を勤める下級僧侶)、聖(定住地をもたない無縁の人)の3種類の人々がいた。このうち寺院勢力の中核を担ったのは、さまざまな職能をもち、武力と経済力をもっていた行人である。

寺社勢力が経済力と武力を備えていたところに、織田信長が比叡山を焼き打ちする原因があった。

後半は、現代社会にも通じるアジール論となっているが、ページが足りなかったのか、著者が息切れしたのか、あるいは専門外だからか、前半に比べ中途半端な内容になっているのが惜しまれる。

『寺院勢力の中世』という曲のないタイトルでは読者の興味を引かないのではないか。昨年8月に購入したが、このタイトルのためになかなか食指を刺激されずに長いこと積読になってしまっていた。数多くの読者を獲得し、洛陽の紙価を高める本なのにもったいない。


※2010年に〈無縁所〉を広く深く分析した続編『無縁所の中世』伊藤正敏(ちくま新書 843)が刊行された。


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