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昼食難民の新書生活

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『まいにち富士山』佐々木茂良(新潮新書 425)

まいにち富士山


『まいにち富士山』佐々木茂良(新潮新書 425)

一度だけ富士山に登ったことがある。富士宮口5合目から登り始め、八合目の山小屋に泊まって翌朝の登頂を期した。ところが夜から豪雨となって、山小屋には助けを求める人々が押し寄せた。小屋の番人は「下りれば、下界は晴れている」と言い放って1人も中に入れなかった。次々と訪れる「助けてください」という悲鳴のような懇願に、「下山しろ」とい言い放つやりとりが何時間も続いていた。

山小屋が救難者を助けないこともあることを知って驚いたが、「1人でも入れたらキリがないから」と番人はその理由を語っていた。

結局、翌朝になっても激しい雨が止まないので登頂を諦め、雨の中を下山すると確かに5合目は晴れていた。登頂には成功しなかったが、とても貴重な体験だった。もう1度くらいは登頂を目指しても良いが、2度3度登ろうとは思わないし、もちろん毎日登ろうとは思わない。これが普通の感覚だろう。

著者は、神奈川県に住む元教師で定年退職前には養護学校の校長を務めていたという。毎年5月から11月まで、毎日のように富士登山をするという破天荒な挑戦を続けている人。だから『まいにち富士山』。

著者は登山シーズン中、毎朝4時に起きて5時に家を出る。7時に富士宮口5合目から登り始め、9時40分には富士山頂に立つ。10時10分に下り始め、12時に富士宮口5合目に着いて、家に帰るのは14時。

雨が降らない限り、そういう毎日を送っているという。距離にして10キロ、標高差1300メートルを毎日往復しているのだ。登山後には2キロも体重が減少するらしい。

しかも、12月から4月までの富士山が雪に閉ざされる期間は、金時山などの近くの山に登っているらしい。

定年退職後の無聊を慰めるにしては、あまりにも激烈な日々というほかはない。しかし、富士登山を毎日続けることができるほど元気な60代半ばから、優雅な年金生活を送っていると言えなくもない。年金生活者の中には、ボランティアとして社会奉仕活動に身を投じる人もいる。しかし、著者は自分の為に富士山に登っているに過ぎない。

富士登山400回目を迎えたときにも、妻は「おめでとう」の1つも言わなかったと書いているが、危険を伴う富士登山に反対することもなく、毎日おにぎりを作ってくれる妻に褒めてもらいたかったようだ。著者の富士登山は、年金をたっぷり受け取っている幸福な人の酔狂なのだが、せめて妻には認めてもらいたいらしい。妻は、弁当を持たせてくれるものの登山に関してはいたって冷淡のようだ。

人は時に余人には計り知れない行動に出ることがある。その情熱の源は何なのか。他人には理解できず、そして本人も認識しているとはかぎらないのが恐ろしい。

著者の場合はどうだったのか。とても気になるところだが、なぜ富士山に毎日登らなければならないのかが本書ではなかなか明らかにされない。それどころか、64歳で初めて富士登山をするまで、著者にどのような登山経験があったのかも書かれていない。どうやら、元々は登山を趣味としていたようではないが、どれほどの登山経験があったのかも書かれていない。

富士山登頂800回を迎えるまでのさまざまな富士登山経験が語られるが、本書は富士登山のガイドとしてはあまり参考にならない。装備や心構えが語られているが、少しでも登山経験のある人なら常識レベルのことが書かれているだけだ。だったら、登山ルートの詳細が紹介されているかというと、そんな記述は全くない。

富士登山のガイドならば、山と渓谷社から『富士山ブック2011』のような詳しい本が出版されているし、富士登山の詳細なノウハウを掲載しているインターネットサイトがいくらでもある。それに著者は、富士宮口5合目から頂上まで、通常は5時間半から6時間かかるところを、半分以下の2時間半で登ってしまう超人なのだ。常人とはレベルが違いすぎるから参考にならない。

登山愛好家の間では百名山や三百名山の登頂を目指している人がいる。これはコレクターの行動に似ていて理解しやすい。所有欲ではなく、ある種の征服欲だろうが、いずれにしても欲望が全面に出ているからだ。

著者はなぜ富士山に800回以上も登らなければならなかったのか。一番知りたいのはそこである。しかし、最後まで読んでもその謎は解決しなかった。有り余るエネルギーを発散するためだけに登っているとは思えない。

著者自身が自覚していない、あるいは容易には語れないような情念は、深い内観によって著者自らが浮き彫り出すか、優秀なインタビュアーが取材して掘り起こさなければ明らかにならないのだろう。

本人が理由も知らずに、とてつもないことをしでかすから人は恐ろしい。



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コメント

Re: 誰がそれを知っているのか?

黒柴ザックスさん、詳しい分析をありがとうございました。

千日回峰行とは思い付きませんでした。なるほど大阿闍梨にはなれなくとも、富士山に1000回登頂というのは達成感のある目標にはなるかもしれませんね。

でもやっぱり、ほとんどの人から見れば酔狂でしかないので、本人なりの理屈はつけているはずだと思うのですが、それを書いていないのがちょっと欲求不満でした。

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