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昼食難民の新書生活

(新宿・秋葉原・芝浦など各地でのランチと読書)

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『「生き場」を探す日本人』下川裕治(平凡社新書 592)

「生き場」を探す日本人


『「生き場」を探す日本人』下川裕治(平凡社新書 592)

著者は、『日本を降りる若者たち』で「外こもり」という生き方を紹介したバックパッカーの教祖のようなジャーナリスト。

帯に“日本で「行き場」はないけれど、アジアなら「生き場」がある”と書かれている通りに、アジア各地で生きる場を見つけようと奮闘している日本人たちのルポルタージュになっている。成功者ではなく、むしろ失敗続きの人たちだ。

タイの専門家である著者だから、タイで暮らす日本人が多く紹介されているのは当然だが、日本で行き場を失ったのは「外こもり」の若者ばかりではない。事業に失敗して自己破産をした男や長らく海外赴任を続けた商社マンやリタイア後に第二の人生を探す人々も紹介される。

「日本に帰らない」「詐欺」「妻」「ひとり」「賞味期限」「貢献」と6章立てになってはいるが、定年退職後に自分の知識や技術を伝えるために働いている人々を紹介している「貢献」以外は、章立てにあまり意味はない。

日本で行き場を失った人々が、東南アジアで「生き場」を探し、見つられると考えるのはなぜか。現在のアジアには日本のビジネス・パーソンがエコノミック・アニマルと呼ばれた頃に日本中に満ち溢れていた「熱」と、仕事で失敗して尾羽打ち枯らした人でも受け入れてくれる度量の広さがあるのだろう。

現地採用の日本人には訪れる店の傾向があるという。

やはり、どこか本場での競争からスピンアウトしたような人が作った店に足が向いてしまうらしい。表舞台を降りた人たちが共通して発する「ゆるさ」が漂ってくる店である。

キーワードは「ゆるさ」である。日本では飲食店で数分経っても注文を取りに来なかったら怒る客が多い。仕事上で約束の時刻に数分でも遅れるようなら、事前に連絡しなければならないとされる。ビジネスマンは、シミやシワのないワイシャツを着なければならない。私たちは「完璧」を求めるあまりに、本質とは関係の無い部分にまで心を配って生きている。

ところが、日本以外の多くの国では人に生き死に関わらないような部分にまで完璧を求める必要はないとしている。特に、東南アジアのように凍え死ぬことも、飢え死ぬこともない暖かで豊かな地域では、人々の行動は「ゆるさ」に溢れている。

「誰かが死ぬわけではないし、どうでもいいじゃないか」と呟いてみると、目を吊り上げてスケジュール通りに行動していたことが馬鹿らしくなる。たとえ時間を守れなくとも、完璧な仕上がりでなくとも許す「ゆるさ」が、行き場を失った人々でも受け入れられる「ゆるさ」に繋がっているのだろう。

日本人にはテキトーにしか見せない仕事ぶりでも、飢えることも凍え死ぬこともない環境ならばテキトーに生きて行けるのだ。


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昼食時は「難民」と化して「新書」を片手に、都内各地を彷徨っています。

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