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『未曽有と想定外―東日本大震災に学ぶ』畑村洋太郎(講談社新書 2117)

未曽有と想定外


『未曽有と想定外―東日本大震災に学ぶ畑村洋太郎(講談社新書 2117)

東京大学で長らく機械設計を教えた著者は、学生時代から地震・津波と原子力に対して「怖れ」の対象として研究・調査を続けており、「失敗学」や「危険学」を始めた技術者である。

2011年6月に、「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」の委員長に就任することになり、まさに適任なのだが委員になると調査結果を自由にオープンできなくなるため、取り急ぎ就任前にまとめられたのが本書である。

著者は、現地・現物・現人の「三現」は欠かせないという。現場まで足を運び、現物を直接見たり触れたりして、現場にいる人から話を聞く観察姿勢のことである。東日本大震災後も1994年の調査地を回って調査している。

東日本大震災直後、未曽有と想定外という2つの修飾語が頻繁に使われた。確かに、マグニチュード9を超える地震や大津波は観測史上最大のものだったが、現代人にとって経験したことのない規模の地震だっただけで、日本列島にとって本当に未曽有だったわけではない。著者は「未曽有」という言葉を使うのは、人間が忘れっぽいからだとしている。

個人は、3日で飽き、3か月で冷め、3年で忘れるという。組織は、30年で伝統や習慣が途絶え、地域は60年で忘れる。300年で社会から記憶が消え、1200年経つと起こったことを誰も知らなくなるという。三陸地方は、869年の貞観地震、1896年の明治三陸大津波、1933年昭和三陸大津波、1960年のチリ地震津波と、地震と津波による甚大な被害をたびたび被ってきた。

「これより下に住居を建てるな」といった碑文の石碑が、明治時代にいくつも建てられたが、海に近くて便利な平地に住居を建てて住む人は少なくなかった。津波の記憶は忘れ去られ、人はより便利で快適な生活を望むものだからである。

本書では、自然災害に「対抗する」のは不可能であるとして、寺田寅彦の随筆をたびたび引用しているが、まるで今回の被害を予見したかのような寺田の記述に驚かされる。少なくとも寺田には、自然を支配できるといった傲慢な考えはなかったのだ。

著者は、自然の力に「対抗する」のではなく、「いなす」ための知恵が明治時代までの日本人はあったという。その例として、明治時代から構築が始まった宮古市田老地区の防潮堤を紹介している。断面が台形の幅数メートルの防潮堤は、海に対して凸型で設置されていた。昭和になってそこに凹型のコンクリート壁を付け加え、上空から見ると全体としてはX型の防潮堤となった。凸型の防潮堤は、津波を左右に切り裂いてそのエネルギーを分散し「いなす」形状だったが、新たに付け加えられた凹型は津波のエネルギーに「対抗する」形状となった。

ところが、新たに付け加えられた防潮堤は今回の津波で木っ端微塵に破壊され、明治時代に作られた防潮堤の上を津波は乗り越えていった。しかし、古い防潮堤によって津波のエネルギーは弱められ、内陸への到達スピードも遅くなったはずだという。

また、田老地区の防潮堤にある水門はガソリンエンジン駆動か手動で開閉できるようになっていた。停電の際にも閉じられるようになっていたのだ。地元の消防団ではたびたび訓練を行い、担当者を決めて水門が閉じることを確認してきた。今回の津波でも、水門はちゃんと閉じられた。

報道によれば、福島第一原発では原子炉には5重のフェイルセーフあったが、水周りや電源には2重のフェイルセーフしかなかったという。しかも、津波の恐怖を知らないアメリカのGEの設計によって、緊急発電装置をタービンの地下に設置したために、津波で水没するという間抜けな設計になっていた。

そのため、原子炉は地震では損傷しなかったものの、水と電気が断たれるという単純な不具合でメルトダウンという大惨事を招いてしまったのだ。宮古市田老地区のの水門は電気が断たれた時のために手動とガソリンエンジンで閉じられるようにしてあったが、原発にはそうした知恵すらなかったのだ。原子力政策に携わっていた技術者や科学者、官僚たちのボンクラぶりには呆れてモノも言えない。その当事者たちが、事故当初に多用したのが「想定外」という言葉だった。

しかも、新潟中越地震で柏崎刈羽原発では同じような電源喪失という事故を経験していたにも関わらず、著者が福島第一原発の危険性を指摘した際に「絶対安全」としか答えなかったらしい。

今回のような災害を「想定しなかった」というのは原子力関係者の利益共同体による意図的なネグレクトであり、事なかれ主義によるサボタージュである。見たくないものは「見えない」、聞きたくはい話は「聞こえない」という子どものような対応だ。

実は、この国の官僚たちは同じような「見ざる、聞かざる」を70年前にも起こしている。国力の差が歴然としていて、なおかつ半年分の石油備蓄しかないのに、アメリカと全面的な戦争を始めてしまったツケを、われわれは未だに払わされているが、日本人は同じような思考のサボタージュを現代も繰り返しているということなのだ。

それでも著者は、福島第一原発の事故の「犯人探し」は意味が無いという。当面の間、原子力発電に頼らざるをえない以上、失敗の原因を究明して対処することが重要だからである。

その一方で著者は、原子力産業に携わってきた電力会社・研究者・政治家などの人々が作ってきた「原子力村」に対して、その傲慢さを激しく批判している。「原子力は絶対に安全」という欺瞞は、反対派の「原子力は危険」という主張への反論として用意されたものであったが、自ら作ったお題目をいつの間にか「神話」として信仰し、危機への対処を怠ってきたからからだ。

本書で著者が繰り返し書いているのは、日本という自然災害の多い国に暮らすうえで重要なのは、そうした自然を完全に抑えこむのは不可能であるのだから、自然災害の被害を風化させない工夫をして、対処法としては自然に対抗するのではなく「いなす」工夫をすべきだということである。そして、危機に直面したら自分の勘を信じて行動することで生き残るほかはないということである。

実は数年前に、偶然、インターネットで「失敗まんだら」というダイヤグラムを発見し、仕事のツールとして使用している。

失敗知識データベース
失敗まんだら

「失敗まんだら」は、さまざまな失敗の原因を分類したもので、プロジェクトを検討する際のチェックリストとしてとても有用なツールである。本書を購入して気づいたのだが、本書の著者こそが「失敗まんだら」の作者なのだった。

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