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昼食難民の新書生活

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『人はなぜ「神」を拝むのか?』中村圭志(角川oneテーマ21 A-141)

人はなぜ「神」を拝むのか?


『人はなぜ「神」を拝むのか?』中村圭志(角川oneテーマ21 A-141)

本書では、神、仏、霊、御先祖様といった「聖なる存在」をまとめてカミあるいはカミサマ、カミガミと呼んでいる。タイトルの「神」は、これらのカミ、カミサマ、カミガミのことである。

そして、拝む対象であるカミを擁するシステムを宗教として、その実体を詳細に分析している。本書は、祈りの形としての拝む行為を含む宗教がなぜ生まれ、伝承されてきたかを論じる宗教学がテーマなのである。

著者は、宗教の物理的側面として奇跡信仰や呪術性、精神的側面として悟りや覚醒を、さらに共同体の伝統としての礼拝習慣に分けて論じている。

最近流行っているパワースポット巡りや占いもある種の「宗教」であるのは間違いない。既成宗教が勢いをなくしても、奇跡や呪術、スピリチュアルなものへの「信仰」は衰えを見せない。日本人はカミサマを拝まずにはいられないのである。科学的合理主義の時代に、呪術的思考が消えないのはなぜか。

著者は、3つの理由を挙げている。

(1)個人がワイルドなイマジネーションをもつことが求められている。
(2)リスキーな選択の場面が増え、占いや御宣託の需要が高まっている。
(3)とりとめのない自分探しの落とし所は、神話めいたものとならざるを得ない。

人はなぜ共同体のカミを拝むのか。これに対しても3つの理由を挙げている。

(1)道徳的奉仕を神聖化したもの。共同体へのお返しである。
(2)共同体の約束事に絶対的な権威を与えるため。無根拠性をカミで糊塗。
(3)「カミに由来する約束事」という社会的ゲームなのだ。

本書では、一神教的正典宗教のみを偏重することなく、ニューエイジやアジア的な多神教も同じ俎上に載せて論じている。そもそも著者は宗教をやや斜めから見て客観的に論じようとしているが、宗教関係者からは小馬鹿にしていると言われるかもしれない皮肉に満ちた表現も少なくない。

そうした著者の立場は、「おわりに」にはっきりと書かれている。

あえて言いましょう。宗教を「信じる」必要はありません。「信じる」の意味は多種多様ですし、信じると称する人がみんな幸せなわけでも善良なわけでもありませんからね。しかし宗教を「知っておく」必要はあるでしょう。(p.277)

本書は、「信じない」「拝まない」人のための宗教入門なのである。


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