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昼食難民の新書生活

(新宿・秋葉原・芝浦など各地でのランチと読書)

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A.ロースかつ定食@はつ半 → 閉店

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大森のとんかつ専門店「はつ半」へ。

JR大森駅中央改札口を出て、左へ駅ビルのアトレ2を通って東側(海岸側)に出る。そのまま南に30メートルほど進んで駅前商店街のアーケード「ミルパ」に入る。200メートルほど先の左手に「はつ半」はある。

はつ半1

ビルの角の狭いところに入り口がある。

メニュー@はつ半

ランチは、「A.ロースかつ定食(1350円)」「B.ひれ一口2ケ・コロッケ1ケ定食(1350円)」「C.コロッケ定食(1070円)」「M.エビ1本・コロッケ1ケ・ひれ1口1ケ定食(1420円)」。

テーブル席は2人がけ・4人がけ・6人がけが各1つ、カウンターは7席で、12時過ぎに入店すると、6~7人の先客がいた。

フライヤー前のカウンター席に案内され、「A.ロースかつ定食(1350円)」を注文すると、すぐに濃いお茶と熱いおしぼりを運んでくれた。

60代の親父は、冷蔵庫から厚さ2~3センチのロース肉を取り出し、塩コショウをして、小麦粉・卵・パン粉の順につけて、幅50センチ以上奥行40センチほどの大きなフライヤーに投入した。

厨房の奥では、女将らしい女性が厚さ10センチ以上に切った食パンをミキサーにかけて生パン粉を作っていた。

10分ほどで先客の「ロースかつ定食(1650円)」が完成。こちらはランチではない。

まるで冗談のように巨大なので目が釘付けになる。長さ20センチ以上で幅15センチ厚4センチで、子供用グローブくらいはある。頼んだのは50代のオヤジだったけど食べ切れるのだろうかと、人ごとながら心配になる。

低温の油で揚げているため、私の料理は20分ほどでようやく供された。

ランチAロースかつ定食1350円@はつ半

長さ17~18センチ幅10センチ厚さ3センチほどはある。細かいパン粉の衣は、ちょっと厚めでバリバリと硬い。程よい熟成の肉は噛み応えがあるのに柔らかくて美味しい。

豚汁は、白味噌の風味が薄く、ダイコンとニンジンから甘みが出ていて、ネギの風味がきいていて美味しい。

ご飯は、小さめの茶碗で供されたので「半分で」とお願いして、豚汁と一緒にお代わりした。この店は、ご飯と味噌汁、キャベツがお代わり自由なのだ。


とんかつを食べた後で、腹ごなしに大森駅から池上通りを品川方面に歩く。大森といえば、モースが発見した大森貝塚が有名だもの。

大森貝塚はどこにある?

石碑@大森貝墟(大田区)

JR大森駅西口から池上通りを350メートルほど品川方面に歩くと、2011年6月で廃業したホテルモントレー山王とNTTデータ大森山王ビルの間に「国史跡 大森貝塚」という案内板がある。右に曲って坂を下りJR東海道線の線路沿いに行くと、「大森貝墟」という石碑が建てられている。「貝塚」ではなく「貝墟」となっているのが気になるけど、理学博士佐々木忠次郎の書で「我国最初之発見」とわざわざ刻まれている。

案内図@大森貝塚遺跡庭園

池上通りに戻って、さらに300メートルほど歩いて品川区に入ると「品川区立大森貝塚遺跡庭園」という大きな公園がある。

地層@大森貝塚遺跡庭園

公園内には、長さ2メートル幅1メートル深さ1.5メートルほどの穴を地面に掘って、貝塚の地層を見えるようにした施設もあって、この地が大森貝塚であることを強く主張している。

石碑@大森貝塚(品川区)

そして、JR東海道線の線路沿いには「大森貝塚」と掘り込んだ大きな石碑が建てられている。こちらは、本山彦一という人が発起人となって7人の賛成人の名前が彫られている。その中に、「貝墟碑」の佐々木忠次郎の名前もある。

大田区と品川区にある2つの石碑は「大森貝塚はウチだ」と互いに主張しているようだ。

モースは、明治10年(1877)に横浜から新橋に向かう汽車の車窓から貝塚を発見し、後日、大森駅から歩いて貝塚に向かい発掘調査したが、報告書には発掘場所を大森村と書いただけで詳細な場所を記さなかったという。

モースの死後、その業績を顕彰するものとして品川区側の「貝塚碑」が昭和4年(1929)に建立された。このときには、賛成人として名前を刻んだ佐々木忠次郎だけど、モース直弟子でありながら自らの手で石碑を建立することができなかったので、わざわざ別の場所を発掘地として石碑を立て直したということらしい(その時点では大森町。昭和7年に大森区となり、大田区となったのは昭和22年)。

その後の調査では、大田区の石碑の近くで貝塚層は発見されなかったらしい。それでも、モースの直弟子で貝塚発掘に参加した佐々木忠次郎が場所を特定したため、その後50年に渡って大森貝塚の場所をめぐる論争が続くことになる。

しかし、昭和52年に貝塚発掘時の土地所有者に対する補償金に関する文書が発見され、その住所が「大井鹿島谷二千九百六十番地」とあったことから、現在の品川区立大森貝塚庭園が大森貝塚の地であるということに決着したらしい。

2つの石碑をめぐる論争の詳細は、品川区側の石碑に賛成人として名を連ねた公爵大山柏のお孫さんがサイトに書いている。


◆希望支払金額:1500円(噛み応えのある美味しいかつ)
◆費用対効果度:111.1%(1500円/1350円)

はつ半 ※2013年9月30日で閉店したそうです。
東京都大田区大森北1-13-13 ヤマニビル1F


Googleマップの大きな地図で見る

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コメント

大好きなお店でしたが、2013年9月30日に閉店されました。

Re: タイトルなし

tkzさん、閉店情報ありがとうございます。

グローブみたいに大きなとんかつを1度は食べてみたかったけど、もう無理なんですね。

残念です。

とんかつ屋にとっては受難の時代ですね。

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