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昼食難民の新書生活

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『誤認逮捕―冤罪は、ここから始まる』久保博司(幻冬舎新書 230)

誤認逮捕


『誤認逮捕―冤罪は、ここから始まる久保博司(幻冬舎新書 230)

本書によれば、警察庁の発表では2010年の誤認逮捕件数は343件だったという。

著者は、これは警察庁が誤認逮捕と認めたものだけで、実際には事件とは無関係で無実であるにもかかわらず数倍の人が「犯人」として取り調べを受けているのではないかという。

逮捕状は、検察官が請求し裁判官は発付するものだから、警察組織だけでなく検察・裁判所という他組織にまで関わるものである。だから、警察官は逮捕には慎重にならざるを得ないが、逮捕状なしの任意同行などの取り調べでは犯人扱いされる無実の人が多いのだ。

本書の警察キャリアへのインタビューによれば、警察は無謬神話に凝り固まった組織のようだ。無謬神話というのは「人間は絶対にミスを冒す」という当然の原則を警察組織は無視しているからだ。ミスを冒すことを前提に、ミス防止とミスへの対処を万全にすることこそが重要であるはずなのに、警察は無謬であるという「神話」にすがりついているのだ。だから、真犯人が現れて誤認逮捕であったことが明らかになった後でも、逮捕自体は正当であったとして犯人扱いされた被害者に謝罪することはない。

誤認逮捕の事例が数多く紹介されているが、犯罪に無関係の人々が逮捕されてしまうのは、被害者や目撃者の証言が重要な要因になっていることが明らかにされる。犯人に風貌が似ていて、「あれが犯人です」と被害者や目撃者に指さされれば、いとも簡単に犯人にされてしまうのだ。

そしてマスコミは、重大事件であればあるほど容疑者が逮捕されれば、警察発表を鵜呑みにして報道する。誤認逮捕や冤罪が明らかになれば警察批判を繰り返すが、裁判によって有罪が宣告されるまでは、容疑者は無罪と推定する「推定無罪」という言葉は知らないようだ。著者は、こうしたマスコミの姿勢にも批判を向けている。

著者が全国の新聞をチェックしたところ、全国紙といくつかの地方紙を除いて、誤認逮捕だったことを報道する新聞は少なかったという。地方紙の記者は、日頃から地元警察から情報を得ているため、警察批判となりかねない誤認逮捕については報道を自粛しているということらしい。

最終章では、誤認逮捕されないためのアドバイスが書かれている。

アリバイを証明するために日頃の行動を細かく記録しておくこと、万が一逮捕されたら住所氏名以外は語らず黙秘を貫いて弁護士(私選だけでなく国選の当番弁護士)の同席を求めることなどとなっている。

自白を引き出すプロである警察官や検察官に対抗しようとしても、一般の人には不可能であるからだ。冤罪であることが明らかになった足利幼女殺害事件では、わずか13時間でウソの自白に追い込まれているのだ。

ちゃんと説明すれば警察はわかってくれる、などと考えないことである。警察は、一度再現した犯行のシナリオは、容易には書き換えないからだ。


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