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『渡辺京二傑作選1 日本近世の起源―戦国乱世から徳川の平和(パックス・トクガワーナ)へ』渡辺京二(新書y)

日本近世の起源


渡辺京二傑作選1 日本近世の起源―戦国乱世から徳川の平和(パックス・トクガワーナ)へ渡辺京二(新書y)


本書で渡辺は、藤木久志、朝尾直弘らの著作を参照し、日本の中世である戦国時代から渡辺が「徳川の平和(パックス・トクガワーナ)」と呼ぶ、近世の徳川時代までを描いている。

渡辺が戦後史学と呼ぶマルクス主義的な歴史学に対する徹底的な批判が展開されるが、批判の対象となる学説はソヴィエト連邦崩壊が予想だにされなかった1970年代に書かれたものが中心であり、ソ連崩壊後の1996年から翌年にかけて『週刊エコノミスト』で連載された本書の元になった連載は「後出しジャンケン」じゃないかという謗りを受けるかもしれない。しかし、渡辺には歴史を読み直す必然性があったのだ。徳川期という「ユーニークな一文明が出現するまでの苛烈な道程を、従来の市民主義史学ないし左翼史学と全く反する視点で」読み解こうというのだ。

確かに本書を読めば、多くの人々がそれまでの歴史認識を覆させられる驚くべき学説に満ちている。

例えば、戦国期に社会的基礎集団として姿を現したのが村や町であり、武装し自検断や徴収権を持つことで荘園制から村町制への転換を起こしたという。そうした惣村同士が山林や河川の独占的使用権などを巡るの争いでは、近代国民国家の萌芽のような強制力をもって成員に対して合戦への参加を求めた。

そして、惣村は非成員に対しては組織として近代国家のような通行税を求めたが、成員に対しては司法として機能しないために法的な保護は与えられず、諸問題をすべて自力で解決しなければならない自立救済の世界だったことが明らかにされる。

中世後期から近世への大転換を主導したのは凡下、百姓地下衆から侍に成り上がった者たちで、近世武家支配を実現した武士階級は中世の侍身分だったのではないことを明らかにしている。

「第六章 中世の自由とは何か」では、網野善彦の「無縁」論を徹底的に批判している。網野が「無縁所=アジール」として「縁切り寺」や「市」を「自由」な場所であるり理想郷と解釈したのは、戦後マルクス主義史学の「切ない夢幻」であるとしている。

網野の『無縁・公界・楽』などを読んだのは随分前のことなので確かな記憶ではないが、網野は中世の「自由」についての記述に著者が指摘するようなナイーブな憧憬があったか。網野の画期は武士と農民に偏って語られてきた中世史に、漂泊民や商人、手工業者などの存在を明らかにしたことだったし、彼らの生活の場として市や河原、辻、寺社などのアジールを発見したことだったはずだ。

むしろ渡辺は、『逝きし世の面影』で宣教師や外交官といった西洋人の残した手紙や日記、紀行文を大量に引用することで、江戸時代を民衆が平和に暮らしていたユートピアとして再構築し、明治時代にはその美しい文明が滅びたと嘆いてみせたのではなかったのか。

また、一向一揆に関しては、武士対農民の宗教戦争といった解釈は間違いであり、本願寺による領国獲得のための戦争であり、信長との石山合戦も同じだという。

まさに驚くべき記述の連続でめまいを覚えながら読んだ。


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