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『分析哲学講義』青山拓央(ちくま新書 944)

分析哲学講義


『分析哲学講義』青山拓央(ちくま新書 944)


本書は、講義形式で書かれた分析哲学の入門書である。

まず「第1講義 分析哲学とは何か」では、英語圏では主流になっている哲学の射程を解説している。「哲学する」や「分析哲学する」といった用語にゲンナリさせられるが、対象・手法・歴史の3点から解説を試みている。

続いて「第2講義 意味はどこにあるか」では、意味論意味のイメージ説や指示対象説について、フレーゲやヴィトゲンシュタインによる批判を紹介しているが、よくわからない。

「講義3 名前と述語」では、フレーゲの述語論理とラッセルの記述理論を紹介した後で、「存在するとは、変項の値になることだ」というクワインの存在論が採り上げられている。

「講義4 文脈原理と全体論」では、フレーゲの文脈原理、ウィトゲンシュタインの『論考』、論理実証主義、クワインの全体論の解説。全体論の解説が面白い。科学全体は「境界条件が経験である力の場」のようなものであり、「場のなかには、周辺部(周縁部)に近く、経験による修正を受けやすい知識もあれば、中心部に近く、めったに修正を受けない知識もあります。」(p.103)

「講義5 意味はどこに行ったか」は、ヴィトゲンシュタインの『哲学探求』を解説している。意味の使用説やイメージ説批判について詳しく書かれている。

「講義6 二つの自然と、意味の貨幣」では、「原初的自然」と「科学的自然」について、哲学史を離れて、「意味の両替」の観点から著者の考えが展開されている。

「講義7 可能世界と形而上学」では、1960年代以降の分析哲学の分岐の中で、ソール・クリプキの『名指しと必然性』を分析哲学の中継点・転回点として定め、可能世界意味論から固定指示子、同一性の必然性、指示の因果説、本質主義へと展開する。

「講義8 心の哲学の眺望」では、心身問題、クオリア問題、他我問題について解説し、ジョン・サールの『MiND 心の哲学』を紹介しながら心身問題が他我問題へと融解する過程を見る。

「講義9 時間と自由」では、著者の主要な研究テーマである時間論について、マイケル・ダメットのマクタガート解釈から「今はある」のか「今はない」のかについて考察している。

最後の「文献紹介」では、各講義ごとにより深く学ぶための書籍を紹介している。

分析哲学の歴史を追いながら紹介しているため、すでに否定されている学説も丁寧に解説されている。読みながら頭の中がいくつもの「?」で満たされていくと、すでに乗り越えられた学説であることが明らかにされ、「なるほど」となりながらもさらに新たな「?」が加わりながら読み終えた。


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