TOP > スポンサー広告 > 『はじめての言語ゲーム』橋爪大三郎(講談社現代新書 2004)TOP > 新書 > 『はじめての言語ゲーム』橋爪大三郎(講談社現代新書 2004)

昼食難民の新書生活

(新宿・秋葉原・芝浦など各地でのランチと読書)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『はじめての言語ゲーム』橋爪大三郎(講談社現代新書 2004)

はじめての言語ゲーム


『はじめての言語ゲーム』橋爪大三郎(講談社現代新書 2004)

ヴィトゲンシュタインは、世界のあらゆるふるまいを説明しつくそうとして「言語ゲーム論」を生み出した。本書は、言語を社会分析の主要テーマとする言語派社会学を提唱している著者によるヴィトゲンシュタインの入門書。

言語ゲームの入門書と書かなかったのは、第1章から第4章までを費やして言語ゲームを生み出すまでのヴィトゲンシュタインの生涯を紹介しつつ、「前期」の主著である『論理哲学論考』について詳しく解説しているからだ。

著者が「無理を承知で煮詰め」ている『論理哲学論考』のエッセンスは以下である。

(1)世界は、分析可能である。
(2)言語も、分析可能である。
(3)世界と言語とは、互いに写像関係にある(同型対応している)
(4)以上、(1)~(3)のほかは、言表不能=思考不能である。

言葉は世界と一対一に対応しているとする写像理論であり、(4)は『論理哲学論考』で「語りえぬことについては、沈黙しなければならない」と結んでいることを意味している。

『論理哲学論考』を出版した以降、ヴィトゲンシュタインは哲学に対する興味を失ってしまう。言葉が世界と一対一対応していない、と考えるようになったときに再びヴィトゲンシュタインは哲学を生きることになる。

ヴィトゲンシュタインは『論理哲学論考』で世界のすべてを記述したかに思えたが、「語りえぬこと」という条件をつけなければならなかった。しかし、世界には「語りえぬこと」がいくらでもあったからだ。

第6章からは表題のテーマである「言語ゲーム」に関して明快かつとてもわかりやすい解説となっている。著者によれば、言語ゲームとは、「規則(ルール)に従った、人々のふるまい」のことである。世界のあらゆるふるまいを説明しくそうとして考えだされたのが言語ゲームである。ヴィトゲンシュタインの死後にまとめられた『哲学探究』では次のような例を挙げている。

石工とその助手が作業をしている。通りかかった人は石工が何事かを叫ぶと助手が石材を運ぶのを見る。石工が別の何事かを叫ぶと助手は別の石材を運ぶ。石工は、ブロック・石柱・タイル・梁の4種類の石材で家を建てるので助手が運んでいたのは4種の石材である。石工が叫んでいた4つの言葉で、助手は石を運ぶ「ふるまい」を行う。たった2人による4語の世界で、原初的世界を表している。N人n語と「無数に」増えたのが世界である。

言葉はルールによって事物と結び付けられ、意味を持つのだ。福沢諭吉の肖像が描かれた紙切れを現在の我々は1万円札と呼び、簡単な作業10時間分くらいの価値があると考えるが、アマゾン奥地で採集狩猟生活を送る人々にとっては何の価値もない紙切れに過ぎないし、30年前の日本人にとっても偽札でしかない。

後半は、言語ゲームによってハートの法哲学や大乗仏教、本居宣長を読み解いている。言語ゲームは、世界にあるさまざまな意味や価値の相互関係を考えるためのモデルを提供してくれるツールになるのだ。






関連記事

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事へのトラックバックURL
http://pasage.blog43.fc2.com/tb.php/1492-27f98021

 | HOME | 









ブログランキングに参加中です

リンク

お気に入りに追加
このブログをリンクに追加する

最近の記事

にほんブログ村ランキング

ブログ内検索

Loading

カテゴリー


全記事一覧(500件ごと)

カレンダー+月別アーカイブ

ケータイ版URL

QRコード

RSSフィード

プロフィール

Author:pasage
昼食時は「難民」と化して「新書」を片手に、都内各地を彷徨っています。

FC2Ad

Template by たけやん

QLOOKアクセス解析

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。