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『タモリ論』樋口毅宏(新潮新書 527)

タモリ論


『タモリ論』樋口毅宏(新潮新書 527)


最初に結論を書いてしまえば、本書は「論」の体をなしていない。タモリに関するトリヴィアルなエピソードを書き連ねているだけだ。

強いて著者を弁護すれば、「ビートたけし(北野武)論」や「明石家さんま論」の小論らしきものは書かれている。しかし、熱烈なタモリ・ウォチャーを自認する著者にも、タモリ「論」は手に余る課題だったのだろう。

【目次】

第1章 僕のタモリブレイク
第2章 わが追憶の「笑っていいとも!」
第3章 偉大なる“盗人”ビートたけし
第4章 明石家さんまこそ真の「絶望大王」である
第5章 聖地巡礼
第6章 フジテレビの落日、「いいとも!」の終焉


著者は、デビュー作の『さらば雑司が谷』で「タモリが狂わないのは、自分にも他人にも何ひとつ期待をしていないから」と書いたという。どんな根拠があるのかわからないが、30年の長きに渡って毎日、生放送を続ければ「狂ってしまう」はずという前提だ。

2013年10月22日に、2014年3月いっぱいで終了することが宣言されたが、『森田一義アワー 笑っていいとも!』は1982年(昭和57年)10月4日から放送を開始しており、 2003年には放送5000回を超え「生放送単独司会世界記録」のギネス記録を更新中だ。「狂ってしまう」かどうかはともかく、この超人的な仕事ぶりを支えているものは何なのか。

赤塚不二夫に“発見”され(正確には山下洋輔や中村誠一だが)、嫌いなタレントの上位を占めていたタモリは、デビューから数年で冠番組を持つようになり、バラエティー番組の司会者としても起用されるようになった 。4カ国語麻雀やイグアナの物真似といった「密室芸」を仲間内で披露して楽しんでいた素人が、一気に大スターとなったわけだ。

タモリは一時期「国民のおもちゃ」を名乗っていた。しかし、持ちネタが「密室芸」であり、いじられキャラでもないタモリが「おもちゃ」を宣言することには違和感があった。嫌いなタレントから好きなタレントへと自ら変貌しようとしていたのだ。

タモリの芸は「観察」からスタートしている。幼稚園の見学に行って、園児たちが演じるお遊戯の欺瞞を馬鹿馬鹿しいと感じて入園を止め、毎日、坂の上から通りを行く人を眺めていたという。

観察したものを単なる模写するのではなく、思想模写へと大きく発展させたのがタモリだ。デタラメ外国語はタモリ以前に藤村有弘という達人がいたし、4カ国麻雀にしても中村誠一のものを真似たという。イグアナは、同郷の小松政夫から聞いた谷啓のワニの物真似を変化させたものだ。

しかし、タモリの真骨頂は思想模写だった。寺山修司や野坂昭如、竹村健一をレパートリーとして、単なる声帯模写や物真似ではなく、いかにも当人が言いそうな論理展開で、しかも理解不能な意味不明の発言をする、という画期的な模写をやってのけた。

欺瞞に満ち溢れた社会に対して、怒りを表すこともなくただじっと幼い子供のように観察している。そして時々、大人の愚かな言動を真似して喝采を受ける。それがタモリの芸だ。

フォークソングやニューミュージックに対してタモリは嫌悪を示していた。あからさまで中途半端な思想性に対する嫌悪であり、深刻ぶったナルチシズムや偽善に対する嫌悪だった。

本書では、タモリが明石家さんまと同様に政治的スタンスを一切表明しない無色透明な存在であることには触れていない。芸人に限らず自らを成功者とみなした人間は、政治的な発言をするようになりがちだ。しかし、タモリは政治的な話題を拒否し、自らの思想・信条を一切明らかにしない。権力に阿るころなく、反体制にもならない無色透明であろうとする処世術である。

こうしたタモリの生き方はいかに醸成されたのだろうか。

タモリこと森田一義は、終戦直後の1945年8月22日生まれである。母親がタモリを妊娠したのは父親が出征中のことだった。後年、そのことをタモリが母親に問い質すと「昔のことなんだからいいじゃないの」とはぐらかされたらしい。この話をタモリは、『タモリ倶楽部』(だったと思う)で番組の流れとは関係のないところで話し出したため、安齋肇(だったと思う)は言葉を失って唖然としていた。不倫の結果に生まれた子供である、という出生の秘密は幼いタモリの心に大きな徴を刻んだことだろう。それはやがて自分を含めた人間不信へとつながったのではないか。

著者は、かつてタモリを「絶望大王」と呼んだらしいが、タモリは何事にも絶望などしていないだろう。絶望するのは、自らの才能に自信があったり、他者からの賛辞や支持を期待するような、あるべき自らのイメージがあって、それと異なる現実に直面するからだ。初めからそうした期待や幻想を抱かなければ絶望することはない。

タモリを昼の帯番組に起用する際に、プロデューサーの横澤彪はどうせ長続きしないだろうと、スタジオに「遊び」に来るようなつもりで、と依頼したらしい。タモリがどう受け取ったかはわからないが、番組打ち切り発表の際にタモリは「32年間、フジテレビがずっと守ってくれた」と感謝を述べた。「守ってくれた」という言葉は、ちょっとした違和感があるが、含蓄のある言葉かもしれない。さまざま意味でタモリと『笑っていいとも』は守るべき対象だったのだ。

もう守る必要がないとタモリが決断した時こそ、長いこと内に秘めた異端のナイフを振りかざして冷めた笑いを提供してくれるだろう。


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コメント

素晴らしいです


いつもとんかつの記事を楽しくこっそり拝見しておりますが、タモリ論へのこのエントリー、まさに膝を打つ内容で敬服しました。絶望大王という称し方への違和感ごもっともです。

Re: 素晴らしいです

hrさん、とんかつばかりを載せている馬鹿みたいなブログを読んでいただきありがとうございます。

タモリは「いいとも」を終えたら、かつてのように毒に溢れた諧謔を見せてくれるのかな、と期待しています。

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