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『絶望の裁判所』瀬木比呂志(講談社現代新書 2250)

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『絶望の裁判所』瀬木比呂志(講談社現代新書 2250)


本書は注文が相次いで出版前に増刷された。出版から1週間後には、最高裁長官が任期途中で突然辞任を発表した。

7月末までの任期がありながら3月末で辞任した前最高裁長官の竹崎博允は、裁判員裁判制度の導入や検察審査会の権限強化などを骨子とする司法制度改革を進めたという。本書はその人事権の濫用ぶりを糾弾している。本書の出版によって辞任せざるを得なくなったのだ。

著者は33年に渡って裁判官を務めた明治大学法科大学院専任教授の法学者。本書は日本の裁判所の荒廃ぶりを鋭く告発している。

【目次】

第1章 私が裁判官をやめた理由
    —自由主義者、学者まで排除する組織の構造
第2章 最高裁判事の隠された素顔
    —表の顔と裏の顔を巧みに使い分ける権謀術数の策士たち
第3章 「檻」の中の裁判官たち
    —精神的「収容所群島」の囚人たち
第4章 誰のため、何のための裁判?
    —あなたの権利と自由を守らない日本の裁判所
第5章 心のゆがんだ人々
    —裁判官の不祥事とハラスメント、裁判官の精神構造とその病理
第6章 今こそ司法を国民、市民のものに
    —司法制度改革の悪用と法曹一元制度実現の必要性



帯の「裁判所の門をくぐる者は、一切の希望を捨てよ!」は、本書の冒頭に引用されているダンテの『神曲』地獄編第三歌をモチーフにしている。著者によれば、日本の裁判所は官僚主義に毒されて荒廃し、公正・中立とはほど遠い機関となっているという。不幸にも裁判の当事者となったら、希望などないというのだ。

日本の裁判所では、「ささやかな正義」はしばしば踏みにじられているし、(略)行政や立法等の権力や大企業等の社会的な「大きな正義」については、きわめて不十分にしか実現されていない。(p.6)

どうしてこんなことになっているのか。多くの裁判官にとって一般市民である当事者は、訴訟記録や訴訟手控えの片隅に記されている「記号」にすぎないからだ、と著者は言う。日本の裁判所と裁判官の関心は「事件処理」であり、そつなく「事件」を「処理」しさえすればそれでよいのだ。

庶民のどうでもいいような事件や紛争など早く終わらせることが重要で、社会全体の秩序維持や社会防衛のほうが大切であり、かつ司法が「大きな正義」などに深い関心を示すことは望ましくない。つまり、日本の裁判所は、「民を愚かに保ち続け、支配し続ける」ための装置なのである。

日本では、高裁で奇跡的に一般市民に有利な判決が出たとして、大部分は最高裁では必ず為政者や大企業にとって都合の良い判決や差し戻しとなることが多い。特に、国政選挙の「1票の格差」を問う違憲裁判では、下級審で違憲とされたものが最高裁で合憲とされることが少なくない。衆議院選で2倍以上、参院選で5倍以上の1票の格差があることを合憲としているのは、常軌を逸した判決としかいいようがない。

改めて書くまでもないことだが、最高裁判所は司法の最高機関である。それが、立法府寄りの判決を出し続けるのは、三権分立を放棄しているとしか言いようがない。

こうした裁判所荒廃の原因について本書は、組織と個人の2つの問題点を指摘している。

裁判所は、人事権を握る最高裁判所事務総局の中央集権的官僚機構によって支配されているという。事務総局の意に沿わない判決や発言をした裁判官は左遷される。地方を転々と転勤させられたり、能力にかかわらず後輩よりも昇進が遅れることになる。その思想統制ぶりを、著者はソルジェニーチンの『収容所群島』にたとえている。

判事については、大学卒業後すぐに司法修習生となり、社会経験を積まずに判事補となる現制度の下で、「収容所」のような裁判所組織に所属することで、当事者(被告・原告)への共感を伴わない官僚主義者になり、トルストイの『イワン・イリイチの死』の裁判官イワン・イリイチと似ていると指摘している。

裁判所と裁判官の過度な官僚主義について、著者は、司法試験に合格した若者が司法修習を経てそのまま裁判官になる「官僚裁判官システム」に原因があるとしている。日本が近代化の中でドイツやフランスに学んだシステムである。これに対して、著者は、イギリスやアメリカなどが採用している弁護士等の法律家経験を積んだ者が裁判官に専任される「法曹一元制度」の実現が不可避であると考えている。

本書では触れていないが、アメリカの強い影響下で制定された日本国憲法80条では「下級裁判所の裁判官は、最高裁判所の指名した者の名簿によつて、内閣でこれを任命する。その裁判官は、任期を10年とし、再任されることができる。」と規定され、法曹一元制度を前提としている。さらに、著者によれば、昭和63年(1988)には一定の経験年数を有する弁護士から判事を採用する「弁護士任官制度」が導入されたが、導入後15年間で弁護士から裁判官になったのはわずか60名にすぎず、この制度は形骸化しているのだ。

裁判員制度の導入について、その背景を説明している。当初は、導入に反対だった竹崎博允最高裁長官が、一転して推進派となったのは、少数派であった刑事系裁判官の権力を強化するためだったという。

日本の判事(裁判官)は、人事権を握る最高裁判所事務総局に牛耳られている。上昇志向がない判事でも、事務総局の意に反する判決を出して睨まれれば、昇進は止まり、地方の裁判所をたらい回しにされる左遷が待っている。単身赴任が続いて嫌気がさして退官する判事も少なくないという。

日本には3000人ほどの判事(裁判官)がいるという。2000年以降、判事による未成年への性犯罪やセクハラがたびたび報道されている。一般企業であれば企業イメージが損なわれて経営にまで影響するほどの頻度だ。著者は、こうした事件の背景には判事たちが異常なストレスに晒されているためだとしている。

竹崎最高裁長官による人事権濫用の例として最高裁判事を挙げている。

最高裁判所の判事の出身母体はおおむね固定しており、裁判官6名・弁護士4名・検察官2名・行政官僚2名・法学者1名となっていた。この「学者枠」で最高裁判事となっている岡部喜代子(本書では単に女性学者と記述)の任命に関して、学界から批判や戸惑いの声があがったという。慶應義塾大学法科大学院教授である彼女には、法学者としての実績がなかったからだ。実は、彼女は家裁などの判事を経て大学に就職した元判事であった。慣例を破って元判事を最高裁判事に任命した背景には、「筋の通った反対意見を書くことが多く、また、ほかの判事たちに対する影響力も大きい学者枠の裁判官に、そのような人物ではない人が得られるという意味で、裁判所当局にとって都合の良い人事であるということなのではないだろうか?」と著者は推察している。

本書で繰り返し触れられているのは、最高裁判所事務総局が『収容所群島』のように裁判官を監視・統制していることであり、裁判官自身は『イワン・イリイチの死』で描かれたような頭が良いが借り物の価値観や人生観しかもたない自己欺瞞に満ちた官僚裁判官である、ということだ。

その解決策として、最高裁事務総局の縮小・解体と法曹一元制度の本格導入しかないとしている。


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コメント

竹崎長官辞任の理由について

 竹崎長官が辞任したのはこの本が出版されたからというわけではないと思いますよ。長官が辞めるには様々な手続きが必要ですから(指名権者である内閣と、次期長官の氏名について相談したりしないといけません)一週間程度で簡単にやめられません。
 辞任理由は新聞等で報道のあった通りだと思います。すなわち、安倍内閣発足以降、竹崎長官の後任に政権色の強い人を選定する作業を進めているとの報道がなされていました。その準備が整う前に辞めることで、寺田逸郎裁判官を後任に選ばざるを得ないようにしようとしたということでしょう。
 なお、岡部喜代子裁判官についても、瀬木教授のおっしゃるような「裁判員裁判に備えてイエスマン(イエスウーマン?)を入れた」というのは、さすがに穿った見方だと思います(それなら、裁判員制度に賛成していた刑事法学者か元刑事裁判官を入れた方が、判決に権威付けしやすいはずです)。
 それよりも、非嫡出子差別違憲訴訟に備えて、家族法の専門家を入れておきたかったと考えるほうが自然です(もっとも、恐らくそのとき下級審に係属していて、最高裁まで上がってくると予想された事件は当事者が和解してしまいました。しかし、そのすぐ後に同種の訴訟が係属し、こちらは最高裁で違憲判決が出ています。)。家族法学者はリベラル色の強い(強すぎる?)方が多いため(また、現在のこの分野の第一人者たちがまだ60歳に達していないという事情もあります)、純然たる学者ではなく、穏当な元裁判官出身の学者という選択になったのでしょう。

Re: 竹崎長官辞任の理由について

「一法学徒の戯言と思っていただければ」さん、コメントありがとうございます。

法曹界のことはよく知りませんが、竹崎長官の辞任はテレビのニュースで何度も取り上げられたので、「ただ事ではない」という印象がありました。

それに、刊行前に注文が殺到して増刷されたように、書籍は数週間前には内容が告知されるので、発売後の1週間で辞任を決めたわけではないでしょう。

また、岡部喜代子裁判官の件は、学者枠に学者としての実績がない元裁判官を入れたことが問題なのだと思います。

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