TOP > スポンサー広告 > 『神社の起源と古代朝鮮』岡谷公二(平凡社新書 704)TOP > 新書 > 『神社の起源と古代朝鮮』岡谷公二(平凡社新書 704)

昼食難民の新書生活

(新宿・秋葉原・芝浦など各地でのランチと読書)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『神社の起源と古代朝鮮』岡谷公二(平凡社新書 704)

201404302355099d1.jpg


『神社の起源と古代朝鮮』岡谷公二(平凡社新書 704)


前著『原始の神社をもとめて』に続いて書かれた日本各地の神社を巡る紀行と考察。

著者は、フランス文学・美術研究者であり歴史学者ではない。そして本書は 日本各地の神社とその起源とする韓国の堂(タン)と呼ばれる聖地を巡る紀行文である。

【目次】

第1章 近江への旅
第2章 天日槍の問題
第3章 敦賀という場所
第4章 出雲と新羅
第5章 三輪信仰の謎
第6章 新羅から来た神—宇佐八幡をめぐって
第7章 慶州の堂


本書は、日本の神社には新羅・伽耶を出自とする渡来人の影響がある、とする金達寿の『日本の中の朝鮮文化』シリーズを下敷きにしている。

韓国からの団体ツアーのガイドは、奈良・京都を巡る先々で「これは古代朝鮮があげたもの、あれも古代朝鮮人が作ったもの」と説明し、お客たちは日本に対するコンプレックスが解消されて溜飲を下げるという。

本書も、琵琶湖周辺、敦賀、出雲、奈良・三輪山、大分・宇佐八幡、韓国・慶州を巡って、「神社も神宮も新羅から入ってきたのです」という金達寿の言葉を確かめる紀行となっていて、各地に新羅人や伽耶人、高句麗人の痕跡を探している。

もちろん、日本各地に新羅神社があって新羅系の神を祀っていたり、周辺に新羅系の地名が残っていて渡来人の痕跡はある。記紀には、新羅の王子である天日槍が須恵器の工人とともに来日したことが書かれているが、ほかにも製鉄技術を持つ工人など、さまざまな先端技術集団が何度かに渡って来たのは間違いない。

しかし、荒唐無稽な「韓国起源説」を数多く含むとされ、歴史学界から批判・無視されている小説家・金達寿の著作に依拠しているのは問題だろう。数多くの歴史家による論文も引用しているが、小説家の書いた「韓国起源説」からスタートしているので信頼性に欠けるところが少なくない。本書にも、金達寿と同じく根拠も示さずに地名を新羅系だと断定する記述が何か所もあるからだ。新羅系の地名ではないかという提起ではなく、「新羅系の地名に間違いない」という断定なのだ。

本書によれば、韓国・慶煕大学校教授の金泰坤は『洞神堂』で、朝鮮半島の聖地である堂(タン)を以下の4つに分類しているという。

 (1)神樹だけのもの
 (2)神樹の下に石などで祭壇を設けたもの
 (3)神樹の傍らにささやかな堂舎の建っているもの
 (4)神樹の有無は別として、堂舎が殿閣風の立派なもの

日本の神社と同様に、大樹や古樹を神の依代とする神樹信仰であり、これも日本と同様に時代を経るうちに、(1)から(4)へと変化していったものだ。

かつては、この堂はどの村にも必ず1つはあったが、李氏朝鮮の500年に及ぶ儒教体制で激減し、朴正熙大統領のセマウル運動で激減したという。

慶州の堂は、欅の古樹が1本であることが多く、日本のような鎮守の森(杜)とは違うようだ。その神樹の下に祭壇を設けているのが、一般的な堂らしい。これだけでは、日本の神社のルーツや源流とはとても言えないだろう。

さらに、古代朝鮮については本書ではほとんど触れていない。



↓ブログランキングに参加中です。
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ


関連記事

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事へのトラックバックURL
http://pasage.blog43.fc2.com/tb.php/1730-74b1aa17

 | HOME | 









ブログランキングに参加中です

リンク

お気に入りに追加
このブログをリンクに追加する

最近の記事

にほんブログ村ランキング

ブログ内検索

Loading

カテゴリー


全記事一覧(500件ごと)

カレンダー+月別アーカイブ

ケータイ版URL

QRコード

RSSフィード

プロフィール

pasage

Author:pasage
昼食時は「難民」と化して「新書」を片手に、都内各地を彷徨っています。

FC2Ad

Template by たけやん

QLOOKアクセス解析

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。