TOP > スポンサー広告 > 『歴史家が見る現代世界』入江昭(講談社現代新書 2257)TOP > 新書 > 『歴史家が見る現代世界』入江昭(講談社現代新書 2257)

昼食難民の新書生活

(新宿・秋葉原・芝浦など各地でのランチと読書)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『歴史家が見る現代世界』入江昭(講談社現代新書 2257)

20140620212436fa3.jpg


『歴史家が見る現代世界』入江昭(講談社現代新書 2257)


著者は、アメリカ歴史学界会長も務めたハーバード大学歴史学部名誉教授の歴史学者。

本書は、主に第二次大戦以降(現代)の「歴史を考える手引」として書かれている。国際政治や国際関係の広範なトピックスを取り上げていて、まるで教科書みたいだと思って調べたら、すでにテキストにしている大学もあるようだ。

【目次】

第1章 歴史をどうとらえるか
第2章 揺らぐ国家
第3章 非国家的存在の台頭
第4章 伝統的な「国際関係」はもはや存在しない
第5章 普遍的な「人間」の発見
第6章 環地球的結合という不可逆の流れ
結語 現代の歴史と記憶


著者は、「現代」を解読するためには、歴史認識の枠組みとして「グローバル史観」を採り入れるべきだとしている。その特徴は、①国家間(インターナショナル)の関係だけでなく地球全体(グローバル)としての関係史であり、②国家や文化を越えた人間同士のつながりをたどり、③生態系を形成する環境も研究対象とする、というものだ。1990年代以降、歴史学者の間に、グローバル史観に基づいた「グローバル・ヒストリー」や「トランスナショナル・ヒストリー」が研究されるようになったという。

意外なことに、世界を理解する枠組みとして「グローバル」という言葉が使われるようになったのはそれほど昔からではないという。1990代までは、歴史は著者が「従来の歴史認識」と批判する国家ごとに記述されていたに過ぎない。個人が国家を離れて「地球人」として自由に国境を越え、企業も世界企業として国家の呪縛を解かれ始めたのと同時期だ。

従来の歴史認識では国家の発展や国家間の抗争といったテーマが中心とされ、その結果、外交や戦争に比重が偏る傾向があった。しかしグローバル史観を導入すれば、国家よりも全人類、分断よりも相互依存が主な枠組みとなっていく。(p.21)

それというのも、近代国家の成立と同時にその反動として、国内に存在しながら国家とは別の、あるいはどの国にも属さない組織である「ノンステート・アクターズ」が台頭してきたからだという。もちろん、宗教団体や商人の組合など古くから存在したものもあったが、NGOやNPOなどのノンステート・アクターズが存在感を飛躍的に増大するのは1970年代以降であり、経済のグローバル化と結びついている。最もわかりやすいのが多国籍企業だ。

国家の枠組みを越えて活動し、国家の束縛から逃れることで恩恵を受けている例として思い出されるのが、Amazonの法人税脱税問題だ。日本の国税庁は2009年にアマゾンジャパンに対して140億円を追徴課税した。しかし、Amazonは、日本の消費者との契約はアメリカのワシントン州に存在する本社との契約であり、アマゾンジャパンは日本支社ではなく販売と輸送の委託を受けているだけだと主張した。

結局、 Amazonはワシントン州で課税されているとして、日本には法人税を払わずに済んでいる。しかし同様のことは、ヨーロッパでも起きていて、イギリスやフランス、ドイツも怒っているらしいが、Amazonは法の隙間をついて「合法的」に節税していることになる。現行法ではそれぞれの国家はこうしたAmazonの経営戦略を阻止できない。

著者は、国境を越えて活動するNGOが女性や人種マイノリティ、環境の問題解決に大きく寄与したとしてグローバル化を礼賛し、もはや避けられない世界的な動きであり望ましいことしている。

しかし、伝統や地域固有の文化を破壊し、アメリカ色に染め上げようとするグローバル化には、反対する動きも少なくない。一時期流行った「デファクト・スタンダード」は「アメリカン・スタンダード」でしかなかったし、アメリカが採用している民主主義が、それぞれの民族や国家にとって最良で普遍である保証などない。アメリカは人権の擁護を錦の御旗に内政干渉を厭わないが、著者は意識の低い他国民に人権というものを教えてやるという上から目線のおせっかいに過ぎないのではないかという見方はとらない。

しかも、こうした内政干渉はアメリカの恣意的な都合による。多くの国際機関の本部があるスイスで女性参政権が認められたのはつい20年前の1993年のことだったし、バチカン市国は聖職者が政治も司っているが、女性聖職者はいまだに存在しない。アラブ諸国の中でも数少ない親米国のサウジアラビアでは、まだ女性参政権が認められていない。いずれもアメリカは積極的な干渉はしていない。

著者は、ナショナリズムを越えて「惑星意識」を持つことが重要だとしている。これは、一人ひとりが国家という枠組みを超えて、地球という惑星に住む人間という意識を共有し、自然環境も共に生きるものとして尊重するということだ。本書では触れていないが、この惑星意識は、バックミンスター・フラーが1963年に発表した「宇宙船地球号(Spaceship Earth)」のことだろう。

著者は、グローバル化によって経済や文化が地球規模で共有されるなかで、国家を軸にした伝統的な国際関係の枠組みはもはや通用しない時代になったという。視野の狭い国別の歴史にとらわれて、世界規模で進む大きな歴史のうねりを見逃してはならないのだ。あたかもグローバル化は、国家間の問題を解決する夢の手段のようだが、国家同士が角を突きつけ合う「現実主義」から「理想主義」こそが歴史学界の最近の潮流なのだという。



↓ブログランキングに参加中です。
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ


関連記事

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事へのトラックバックURL
http://pasage.blog43.fc2.com/tb.php/1744-252ec90c

 | HOME | 









ブログランキングに参加中です

リンク

お気に入りに追加
このブログをリンクに追加する

最近の記事

にほんブログ村ランキング

ブログ内検索

Loading

カテゴリー


全記事一覧(500件ごと)

カレンダー+月別アーカイブ

ケータイ版URL

QRコード

RSSフィード

プロフィール

Author:pasage
昼食時は「難民」と化して「新書」を片手に、都内各地を彷徨っています。

FC2Ad

Template by たけやん

QLOOKアクセス解析

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。