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『医学探偵の歴史事件簿』小長谷正明(岩波新書 1474)

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『医学探偵の歴史事件簿』小長谷正明(岩波新書 1474)


著者は、神経内科医で独立行政法人国立病院機構鈴鹿病院長。

本書は、『週刊 日本医事新報』に連載されたエッセイ「歴史逍遙─医学の眼」をまとめたものだが、なぜか、本書に初出が記されていない。

「元々は診療と病院運営の合間に、心を別世界にワープさせ、肩の力を抜く気分で書いた(p.197)」ものから取捨して一冊にまとめたものだ。

本書は、歴史的な人物にまつわる医学的な逸話を文献を駆使して明らかにしている。歴史に埋もれたエピソードに新知見で光を当てているところが面白い。

【目次】

第Ⅰ部 二十世紀世界史の舞台裏
 1 ケネディの腰痛—最年少大統領の悩み
 2 隠蔽された炭疽菌事件
 3 レーガン大統領のアルツハイマー病
 4 総統の手の震え
 5 動物園通り四番地―障害者安楽死計画
 6 スターリンと医師団陰謀事件
第Ⅱ部 近代日本史の曲がり角
 1 明治天皇と脚気病院
 2 二・二六事件と輸血
 3 終戦時厚木基地反乱事件―首謀者のマラリア発作
 4 三島由紀夫の筋肉
 5 宮内官は語らず―昭和天皇の御不例
第Ⅲ部 医学を変えた人々
 1 恐竜から神経難病まで—パーキンソンの知られざる貢献
 2 新大陸バイオテロと種痘ミッション
 3 ランプとハンマーの貴婦人―ナイチンゲール
 4 狂犬病との闘い―ギヨタンとパスツール
 5 キュリー夫人の黒い車―X線を野戦病院へ
第Ⅳ部 王と医師たち
 1 怒れる国王ジョージ三世
 2 ルイ一七世の心臓
 3 ヴィクトリア女王の無痛分娩
 4 皇女アナスタシアの青い血
 5 ジョージ五世の安らかな最期
第Ⅴ部 いにしえの病を推理する
 1 ツタンカーメンの杖
 2 鈴鹿に逝きし人—倭建命
 3 すわ鎌倉―源頼朝の落馬
 4 「神の声」を聞いたジャンヌ・ダルク
 5 ハプスブルグ純系王朝


健康的な青年大統領として人気を博したジョン・F・ケネディは、実は若いころからコルセットが必要なほどの腰痛に悩まされていた。さらに腎臓に深刻な異常があって、凶弾に倒れた際の解剖所見では副腎が見つからないほど委縮していたという。

大統領の任期を終えた後にアルツハイマー病であることを告白したロナルド・レーガンは、実は大統領2期目にはすでに激しい物忘れなどアルツハイマー的症状が現れていたらしい。ところが、ここ一番での演説や冷戦終結を決定付けたゴルバチョフとの会談などでは、よどみのない見事な演説ができたために、アルツハイマーという診断が下せなかったという。

日本で輸血の有効性が広く認識されるようになったのは、昭和5年11月14日に東京駅で浜口雄幸首相が狙撃された事件がきっかけだった。治療にあたったのは、東京大学外科学教授塩田広重。第一次大戦中にパリの野戦病院で輸血治療を目にし、素晴らしい治療効果に感嘆して輸血器具と血液型判定キットを携えて帰国したのだった。

源頼朝の落馬による硬膜下出血などの頭蓋内出血と脳ヘルニアによる呼吸停止あるいは誤嚥性肺炎による死。医学実験用の純系マウスのような近系交配を繰り返したハプスブルク家の遺伝病。ジャンヌ・ダルクの側頭葉テンカンの恍惚発作による「神の声」など、歴史的人物と病気に関わるさまざまな逸話が紹介されているが、圧倒的に面白いのは著者の近親者による証言がある2つの事件である。

昭和20年8月15日、厚木海軍飛行場の第三〇二海軍航空隊司令だった小園安名大佐は、日本の降伏を受け入れず徹底抗戦するために反乱事件を起こした。そこで、第三航空艦隊参謀だった著者の父親が三航艦長官である寺岡謹平中将とともに、厚木基地へ説得に向かったという。説得を受けれなかった小園大佐だったが、8月18日にマラリアによる40度を超える高熱で狂乱状態となり、海軍病院に収容されたことで首謀者を失って反乱は鎮圧された。

終戦後、南方や大陸からの復員者の中にはマラリア罹患患者も多く、574万人のうち95万人に既往歴があり、約半数の43万人が帰国後に再発したと推定されている。(p.66)

後年、小園大佐は障子の隙間から噴霧された麻酔ガスで眠らされて海軍病院に拉致された、として著者の父親ら参謀の名を挙げた実録が出版された。父親は「スパイ映画もどきのことが俺にできるわけがない」と否定したという。実際には、司令部から派遣された軍医が実行したのだった。

昭和62年夏、著者は宮内庁次長だった叔父から次のような相談を受けた。

「八十何歳かのおじいさんで、ご飯を食べるとお腹が張ってもたれる、吐き気があるというんだが、何が考えられる?」(p.73)

「胆管か膵臓のがんで圧迫されているかもしれない」と答え、誰のことかと尋ねた著者に叔父は「親戚のおじさんだ」と叔父は答えた。

同年9月に、昭和天皇が手術を受けた際には「腫瘤形成性慢性膵炎」と発表された。とても珍しい病名だったが、叔父の相談は昭和天皇に関するものだったのである。崩御直後には「十二指腸乳頭周囲がん」と発表された。それまで報道されてきた病状と矛盾のない病名だったらしい。

叔父は、昭和平成二代の天皇に仕えた侍従長・山本悟。「宮内官は黙して語らず」として、皇室の私生活や内奏や御進講などについて、一切を語らなかった山本だったが、崩御後に次のようなことを著者に語っている。

「お上は神様みたいな方だから、いや神様だから、われわれのように痛いの苦しいのとおっしゃらない。そばからうかがっていて苦しいのにちがいないと思うのだが、口にされない。自分のそういうことを口にされないように教育されてお育ちになったのだ。だから、お上の症状がわからなくて困った。」(p.77)

山本は病気による退官後も、皇太子妃殿下の健康問題や皇室典範改正問題、悠仁親王誕生など、皇室にまつわる話題について口にすることはなかった。入江相政のような「皇室の語り部」ではなく、「じっと仕えるのが自分だ」というのが口癖だったという。

ヤマトタケル(倭建命)は東征後、伊吹の神と闘い大氷雨で失神し、息を吹き返すも能煩野で亡くなったと『古事記』に記されている。著者は、ヤマトタケルの実在性については意見を述べていないが、死に至る病状の経緯については医学的に矛盾のない記述であるとしている。ヤマトタケルの物語の多くは創作だとしても、同じように亡くなった人の記録が残っていたのだ。

大統領や国王など権力者の重篤な疾病は、国の趨勢に大きく作用するために隠蔽されやすい。しかし、有力者だけに医学的資料が残り、医学探偵によって明らかにされているのだ。



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