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昼食難民の新書生活

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『サバイバル宗教論』佐藤優(文春新書 955)

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『サバイバル宗教論』佐藤優(文春新書 955)


クリスチャンで同志社大学大学院でプロテスタント神学を学んだ著者は、「キリスト教という宗教の力を危機的状況に陥っている人間の救済(サバイバル)のために生かすこと」にこだわり続けているという。

本書は、著者が2012年に臨済宗相国寺で僧徒を対象に「危機の時代における宗教」をテーマに、キリスト教の視座から見た危機に対する克服の処方箋について行った連続講義が元になっている。

博覧強記の著者だけに、宗教・救済・国家・民族・沖縄・民主主義・中間団体(宗教団体)と、さまざまな知識を披瀝しながら縦横無尽に展開されていて楽しい。

各講義の終わりには「質疑応答」があって、質問者からの的確な質問に明快に答えていて講義録を重層化することに成功している。

【目次】

第1講 キリスト教、イスラーム教、そして仏教
 母親の沖縄戦体験と信仰
 父親の最期と葬儀 ほか
第2講 「救われる」とは何か
 宗教は何のためにあるのか?
 宗教と物語 ほか
第3講 宗教から民族が見える
 フョードロフという謎の思想家と宇宙開発
 ソ連・イギリス・イスラエルの民族と国家 ほか
第4講 すべては死から始まる
 宗教をもつのは人間だけ
 人類はどう発展してきたのか? ほか


鈴木宗男に“外務省のラスプーチン”と名付けられただけあって、著者の語りは恐ろしく巧みだ。

クリスチャンが何を語るのか、と待ち受ける僧侶たちに向けて、著者は母親の話から始める。

14歳で沖縄戦に駆り出された母親は、隠れていた壕が米軍に発見され、手榴弾の安全ピンを抜いて自決寸前だったところ、「死ぬのは捕虜になってからでもできる。ここはまず生きよう」という陸軍伍長の言葉で思いとどまって降伏したという。国家を信じられなくなった母親は、戦後すぐにキリスト教の洗礼を受けた。著者は、母親からキリスト教徒になるように勧められたわけではなかったが、同志社大学で神学を学ぶようになったという。

著者の専門であるキリスト教とイスラム教に関しては、その歴史や各学派について詳しく解説している。また、1988年から1995年まで在ソ連・ロシア日本大使館に分析官として駐在していたため、ロシアや東欧についても実に詳しく分析している。

さらに、日本の思想史についてもクリアカットな見解を示している。日本人の思考方法の説明では、「知識人や学者の95%は講座派的な思考で、残りの5%が労農派的な思考」と看破している。

1930年代の日本資本主義論争が、現在の知識人の考え方の鋳型になっているというのだ。共産党系の講座派は「絶対主義天皇制」を打破するには、資本家を中心とした市民革命で天皇制を打倒し、次の段階として社会主義革命を起こすに段階革命論を唱えた。これに対して労農派は、天皇には権力の実体がないので、直ちに社会主義革命が可能だとした。

結局、両派ともに弾圧されたが、講座派からは「日本の特殊性」という思考が生まれ、戦後の「日本型経営」といった思考パターンも生まれた。叔父であり典型的な講座派歴史学者だった網野善彦の影響を強く受けた講座派的思考の持ち主として中沢新一の名前を挙げている。

一方、労農派的な発想では、日本の特殊性と呼ばれるものは、究極的には問題ではなく、国際標準と比較的合致しやすいことになる。世界システム論の立場に立つ柄谷行人とマルクス経済学者の宇野弘蔵の著書が、日本よりも英語圏でよく読まれていることを挙げ、2人は労農派に親和的だとしている。

著者は、講座派と労農派の2つの考え方の対立を克服することが、キリスト教や仏教のような救済宗教の土着化に必要だという。

最後に、宗教が危機的状況の克服に果たす役割について述べている。

東日本大震災後、しばらくの間、「きずな」という言葉がさまざまなメディアで毎日のように喧伝され、薄気味悪いと感じた人も多いはずだ。

本書によれば「きずな」のイタリア語は「ファシオ」だという。国家が資本家と労働者の間に立って国を「束ねる」としたファシズムの語源だ。国家やメディアがばらばらの人間をまとめる「きずな」を強要するのは、外部に敵を内部に非国民を作り出す思想なのだ。

国民がばらばらになると、国家が束ねて強化しようとする発想が生まれる。国家による国民一人ひとりへの直接的な支配によって、社会的矛盾の一部は解決できるかもしれないが、必ず非国民を生み出し、官僚支配の管理命令型社会になる。

著者は、それに対抗する拠点の受け皿となるのが宗教団体だという。宗教団体は、国家と個人の間にある「中間団体」であり、自己完結しているからだ。


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