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『暴走する脳科学―哲学・倫理学からの批判的検討』河野哲也(光文社新書 377)

暴走する脳科学


『暴走する脳科学―哲学・倫理学からの批判的検討河野哲也(光文社新書 377)

第1章では、全体を通じて最新の脳研究が目指している方向性を示し、それに対して哲学は何をすべきであるかを問うのが本書であることをとても丁寧に説明している。

現代の脳科学が提起する諸問題を、哲学的・倫理学的観点(倫理学とは道徳の哲学である)から考察することを目的とする。(第1章 p.11)

第1章を読んで誠実さについて考えた。著者は、哲学者にありがちな翻訳調の生硬な文体ではなく、中学生にも容易に理解できるようなクリアカットな文体で記述している。

著者は、科学者も社会を構成する一員として、不遜にならずにアカウンタビリティ(説明責任)を果たすことが大切だと解いている。科学者に問われているのは、自らの研究が実験等の被験者はもちろん社会全体に対して誠実かどうかである。

本書は、脳科学に関する次の5つの疑問に迫る試みである。
(1)脳研究は、心の働きを解明できるか
(2)脳イコール心といってよいのか
(3)脳を調べることで心の状態を知ることはできるか
(4)脳研究の知識は、心に関する考え方に変更をもたらすか
(5)脳研究が、医療・教育・司法などに応用されると、どんな社会的インパクトとなり倫理的問題が生じるか

第2章「脳と拡張した心」では、デカルトの心身問題から、心の座を巡る考察が続き、「心は、身体の内部のみならず、外部環境を含めたトータルなシステムの中に成立しているのであり、脳だけにあるのではない」とする「拡張した心(extened mind)」を紹介している。

「ドーキンスによれば、動物の身体とは、遺伝子が潜在的に自らを次世代へ続かせるための表現型上の道具としてみることができる。」(第2章 p.61)つまり、クモの巣やビーバーのダムなどの造作物は、生物の身体器官とその行動様式の延長物であり、「延長された表現型(extened phenotype)」である。それを心に適応すると「拡張した心」となる。

実は、本書の大部分は脳研究という科学への反証ではなく、脳と心の問題を哲学がいかに解決しようとしてきたかという哲学史である。


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