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『日本の仏像―飛鳥・白鳳・天平の祈りと美』長岡龍作(中公新書 1988)

日本の仏像


『日本の仏像―飛鳥・白鳳・天平の祈りと美長岡龍作(中公新書 1988)

本書は、仏像を中心とした仏教美術の謎のかずかずに、史料の分析を駆使して迫っている。

仏の仮象に過ぎないはずの仏像が、なぜ信仰の対象となったのか。そもそも自然崇拝であった日本に仏像という偶像崇拝が根付いたのはどうしてなのか。金銅仏や木彫仏など素材の違いはいかなる理由か。木彫仏でも飛鳥時代は樟が使われ、奈良平安になると榧になったのはなぜか。そもそも、仏像を造ることにはどんな意味があったのか。

著者は、仏像を含めた仏教美術を「美術品」として鑑賞することに関して、制作当時の人々が仏教世界をどのように考えていたかを「読み解く」ことが、この国の仏教を理解するために必要なことだと考えている。制作当時の人々が仏陀や死後の世界としてイメージしていたものを具体化したものが仏教美術だからである。

仏像が作られたのは、制作依頼者(施主)が制作者(仏師)に依頼することによるが、なぜ仏像を作るのかという目的に注目することも重要だ。本書では、まず法隆寺釈迦三尊像の光背銘に注目する。そこに施主の祈願が書かれているからだ。

続いて、釈迦の身体的特徴である32相を具備していたと伝えられる大安寺の丈六釈迦如来像について、当時の人々が生身(しょうじん)の仏と出会うことを願っていたことを明らかにする。さらに、玉虫厨子に描かれた図像から、当時の日本では中国の神仙思想と仏教が融合していたことが明らかにされる。東大寺戒壇堂四天王像や興福寺阿修羅像についても、施主の祈願とその姿の関係が読み解かれている。

近代合理主義的な思考法が染みついている我々には、日本における仏教受容の経緯や寺院建設、造仏の意図を想像するのは難しい。本書は、飛鳥から平安にかけて、数多くの仏像を造り礼拝した人々の想いに迫っているのだ。

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