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『マンダラの謎を解く―三次元からのアプローチ』武澤秀一(講談社現代新書1994)

マンダラの謎を解く


『マンダラの謎を解く―三次元からのアプローチ武澤秀一(講談社現代新書1994)

京都・東寺の講堂には、見る者を圧倒する存在感に満ちた「立体マンダラ」がある。

大日如来像が中央に配されているが、息苦しいばかりに配された21体の仏像が密集した基段をマンダラと呼ぶのは躊躇われるような気がする。本当にこれをマンダラと呼んでも良いのだろうか。

マンダラといえば、ユングが興味をもったという金剛界マンダラや胎蔵マンダラのように紙に描かれたり、チベット仏教の砂マンダラのように2次元のものを思い浮かべるのが一般的だ。

マンダラとは、広辞苑によれば「諸尊の悟りの世界を象徴するものとして、一定の方式に基づいて、諸仏・菩薩および神々を網羅して描いた図。」となっている。新明解国語辞典では「おおぜいの仏や菩薩を、教理に従って、模様のようにかいた絵。仏教の儀式の時に本堂にかけて拝む。」となっている。

いずれも「一定の方式」や「教理」に基づき従うとしているから、マンダラは仏教の教えやルールによって描かれたもの、ということになる。

しかし、著者は『大日経』の成立以前に石窟マンダラがインドのアジャンターおよび中国の雲岡や龍門石窟で3次元のマンダラとして存在しており、その3次元マンダラから『大日経』や胎蔵マンダラ図絵が生まれたとする。同様に、『金剛頂経』が成立する以前にインドのサンチーや中国の雲岡で四方仏をもつ塔や「ほとけの宮殿」が実現されており、それらがベースとなって『金剛頂経』や金剛界マンダラ図絵が成立したと考えている。

本書は、インドのアジャンター石窟やサンチー石塔、中国の雲岡石窟・龍門石窟、といった仏教遺跡を巡りながら、マンダラの謎に迫り、その制作原理を明らかにしていく。インド仏教では、インド伝統の宇宙イメージを塔や石窟、伽藍で具体的に表現した。著者は、アジャンタ石窟の第19窟に、3次元のマンダラと呼ぶべき構造を「発見」する。

つまり、3次元のマンダラが先にあって、それを平面化したものがマンダラの図像だということである。

雲岡石窟では1つの窟に多数あった天蓮華は、龍門石窟の西山では1つの窟に巨大な天蓮華が配され(唯一天蓮華)、奥壁には本尊仏が置かれた。石窟は、天蓮華と本尊仏という2つの中心をもつことになったが、本尊仏の光背の先端が天井に伸びて天蓮華に接していた。開窟が、川の対岸にある龍門石窟東山に移ると、本尊仏は窟の中心である唯一天蓮華の真下に配されるようになって中心軸が1つとなり、より求心力をもつようになる。塔を中心に右回りをしていたプラダクシナー・パタ(右回りの道。塔の回りを右手を塔に向ける方向に回ること)というインド伝来の礼拝空間が復活したのではないか、というのだ。

ところで、インドに限らずヒンドゥー寺院には、シヴァ神の象徴であるリンガという石柱が祭られている。女性器を模したヨーニとセットになって堂内の中央に配され、ファルスそのものの姿で屹立している。たいていは、参拝者の手で撫でられ暗い堂内でテラテラと光っている。リンガは、生命の象徴であり豊饒への願いが込められた創造物だが、これもアジャンター石窟でインド古来のコスモロジーの象徴として彫られた「塔」と同根ではないのか。

日本で最初に創建された仏教寺院である飛鳥寺は、塔を3つの金堂が取り囲み、その周囲には回廊が巡らせらせた伽藍配置だった。その平面構造はマンダラそのものだった。それが法隆寺になると、向かって左に塔、右に金堂という中心への求心力を失った伽藍配置となる。日本人がシンメトリーを好まないからだと説明されることもあるが、シンメトリーの忌避というよりも著者のいう「中心性の喪失」のほうが、さまざまな現象を説明しやすいように思える。

日本では、時代を経るごとに金堂の平面プランが正方形から横長へと変化する傾向がある。その結果、堂の中心におわす本尊への求心力を薄め、脇侍や他の仏像との横並びが意識されてしまうことになる。

著者は触れていないが、ここに日本人が古来信奉してきたアニミズムの特徴が現れていると見ることはできないか。絶対的な唯一無二のものへの志向ではなく、数多くのカミを何の矛盾も無く同時に敬い、カミ同士もいがみ合うことも無く共存している。

東寺の立体マンダラは、密教の教主である大日如来への求心力を高めるような一神教的な配置ではなく、3つの中心をもつユニットとして構成され、それぞれの仏像は参拝する者自身が好みの仏に出会えるように配置かれている。これこそがマンダラの日本的受容の姿なのである。


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コメント

気づきに満ちた本

>著者は『大日経』の成立以前に石窟マンダラが3次元のマンダラとして存在しており、その3次元マンダラから『大日経』や胎蔵マンダラ図絵が生まれたとする。
同様に、『金剛頂経』が成立する以前に四方仏をもつ塔や「ほとけの宮殿」が実現されており、それらがベースとなって『金剛頂経』や金剛界マンダラ図絵が成立したと考えている。

私も読んでいて、ハッとしました。いわれてみれば、なるほど、もっともな話ですね。こちらのほうが道理に叶ってもいますし。むしろこれまで認識が逆立ちしていたのだと、まさに目から鱗でした。もっと話題になっていい本と思います。

>リンガは、生命の象徴であり豊饒への願いが込められた創造物だが、これもアジャンター石窟でインド古来のコスモロジーの象徴として掘られた「塔」と同根ではないのか。

同感です。リンガも塔も、ともに世界の始まりを歌い上げていますし、それに周りを回りますしね。

刺激的な本を刺激的に論評されて、とても刺激されました。

コメントありがとうございます

武澤秀一さんの新書では、『法隆寺の謎を解く』(ちくま新書)も大胆な推理を働かせて、伽藍配置の謎に迫っていてお勧めです。

勝手に楽しみにしております

早速にお返事をいただき、ありがとうございます。

武澤秀一さんの『法隆寺の謎を解く』(ちくま新書)についても是非、昼食難民さんならではの論評を(勝手に)期待し、楽しみにしております。
よろしくお願いします。

Re: 勝手に楽しみにしております

『法隆寺の謎を解く』(ちくま新書)は3年ほど前に読んだのですが、残念ながらブログに書けるほど詳細は覚えていません。感動しながら一気に読んだのでメモも残っていませんでした。

申し訳ない。

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