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昼食難民の新書生活

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『美人好きは罪悪か?』小谷野敦(ちくま新書 788)

美人好きは罪悪か?



『美人好きは罪悪か?』小谷野敦(ちくま新書 788)

やはりこの本のタイトルは間違っているだろう。日本には美人好きは罪悪である、という国民的合意があるわけではないから、疑問形にしたところでピンと外れな提示になっている。

それ承知の上で敢えて疑問形としとしても、「美人好き」と「罪悪」を撞着語法で繋げる意図が分からない。

美人論ではないので、多くの男性が美人好きであることの分析をしているわけではない。むしろ、酔っ払いがバーテンダー相手にうだうだと講釈をたれているように、だらだらと美女好き擁護論が続く。表紙に美人の写真が掲載されているだけで雑誌を購入したり、新聞や雑誌の美人写真を切り抜いて保存するのが習慣になっている著者の美人愛好に関する言い訳集といったところだ。

当たり前のことだからだれも指摘しないのか、それとも、指摘すると後が怖いから指摘しないのかわからないが、上野千鶴子は少なくともマスコミに発表される写真で判断すれば、万人が認めるブスだろう。実物を拝顔したことがないので、写真映りが人一倍悪いとしても、どんな写真でも不機嫌そうで挑戦的な表情に映っているのは、カメラマンや編集者の悪意のためだけではないだろう。女性の美醜を論じるべきではないとする立場から敢えてブスに映るようにしているのか、それとも本当にブスなのか。「男には不自由をしていない」と公言しているようだが、寝た女の数を誇るような愚劣な男の真似をしているのが痛々しい。「ブスのあんたを相手にしているのは、ただの物好きだよ」とだれか教えて上げればいいのに。

美人写真愛好に続いて、ロリコン写真愛好について語られる。「ロリコン」の定義はあいまいだが、成熟した女性ではなくローティーンのヌード写真が発売されなくなったことに対する反論は、最近の世界的な潮流からは大きくズレていると言わざるを得ない。江戸時代には14~15歳で結婚していた、といっても何の説得力もない。それよりも読みたかったのは、ローティーンのヌード写真を著者がなぜ愛好するのか、という分析だ。

その後、女流作家の顔の話などに移るが、最後まで読んでも、結局はタイトルで言い訳をしなければならないほど程度の低い議論が続く。

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