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昼食難民の新書生活

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『日本辺境論』内田樹(新潮新書 336)

日本辺境論


『日本辺境論』内田樹(新潮新書 336)

本書には、日本は所詮辺境なのだから「辺境人らしいキャラクターを活してしぶとく生き抜け」という、これまでも幾人もの論者が繰り返し指摘したことが書かれている。だから、著者が自ら書いていることだが本書の論考にはあまり新しみはない。それは著者がこれまで何度も書いたことだが、いかにもオリジナルな思想やアイデアを思い付いても、誰でもすでに発表された思想の影響を受けており、そうした思想やアイデアをパッチワークのように継ぎ接ぎしたものしか書けないという諦念ともとれるが、単なる言い訳じゃないかと意地悪く読むことも可能だ。

自国に関する「論」の書籍が日本ほど売れる国はないといわれる。特に外国人が書いた「日本論」や「日本人論」がよく読まれる。だから山本七平や藤島泰輔は、偽外国人として日本論を書いた。著者が「日本人はキョロキョロする」と指摘しているように、自らのあり方や振る舞いに自信がないから、その時々に「手本」となる最新の科学技術を有する国々に依拠して、最新の知識を吸収してきたのだ。

自らの土地を世界の中心であるとする「中華」から見れば、日本も南蛮西戎北狄と同様に東夷でしかなかったし、辺境の国として中華を仰ぎ見てきたのは確かである。それは、我が国の技術史を溯れば明らかだ。中国から最先端文化を輸入するもいったん中止して日本化を図り、日本化が極限まで進むと技術的な発展がないまま行き詰まって、再び最先端技術を輸入するということを繰り返してきた。

著者は、町山智浩から聞いた、星条旗を燃やすことを禁止する法案がアメリカの最高裁判所で否決されたという話の後で「ちょっと羨ましくなります」と書いている。アメリカ市民たちが、「アメリカとは何か」という根本的な問いに自らの責任で答えることを当然だと思っていることが知れるからだという。「アメリカとは何か、アメリカ人はいかにあるべきか」という問いに、市民一人ひとりが答える義務と権利がともにあることをアメリカ人は当然だと考えている。つまり、「アメリカというアイディアに骨肉を与えるのは私だ」という決意について、国民的合意ができていると見るからだ。しかし、アメリカ合衆国という国家を国民一人ひとりが定義しなければならないのは、ヨーロッパからやってきた先祖たちが原住民たちを虐殺しながら人工的に作り上げた国家だからだろう。何者からか奪い取る形で国家を形成しなければならなかった国と、先祖代々が住む地域が国家として統合されていった国では、国家に対する考え方が異なるのは当たり前だ。

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