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『神社霊場 ルーツをめぐる』武澤秀一(光文社新書 438)

神社霊場 ルーツをめぐる


『神社霊場 ルーツをめぐる』武澤秀一(光文社新書 438)

日本ではなぜキリスト教徒が人口の1%以上には増えないのか。簡単なことだ。日本人のほとんどはキリスト教を必要としないからだ。日本では仏教が「葬式仏教」として形骸化されているのか。これも簡単なことだ。日本人には宗教としての仏教を必要としていないからだ。日本の神々が、インドの神々をルーツとする本地垂迹という歪んだ解釈をしたフリをしたとしても、仏教によって心の安寧を求めなければならないわけではなかった。

三大宗教のみが「宗教」と名乗るにふさわしく自然崇拝は宗教に値しないとする西欧諸国(特にキリスト教)の独断に屈して、あるいは日本の神道がアニミズムであることを恥じて、明治政府は本来は自然崇拝である神道をキリスト教をモデルとした一神教タイプにしようとした。もちろん、そんな国家神道はわれわれの宗教ではない。

本書の著者は、『法隆寺の謎を解く』や『マンダラの謎を解く』で仏教遺跡のみならず、仏教がいかに日本に受容されたかという謎の一端にまで迫った。本書では、日本の神社や霊場を巡り、その成立の謎に迫っている。

著者が本書との併読を勧めている岡谷公二著『原始の神社をもとめて―日本・琉球・済州島』では、神社のルーツを済州島の堂(トン)や沖縄の御嶽(ウタキ)にあるとしている。本書でも、祭礼の場となっている神社のある場所は、古くは葬礼の場であった例もあると書いているが、これについては考古学的な実証を紹介していない。

しかし、起源を縄文時代まで溯ることができる神社では、社殿ができる以前あるいは鳥居が作られる以前から、神奈備山と呼ばれるような神の鎮まる山や奇岩といったご神体を祭祀していたはずである。著者は、伊勢神宮にそうした古例を見ている。伊勢神宮の内宮は、式年遷宮(式年造替)によって20年ごとに立て替えを行う。その古殿地には心御柱が残され覆屋のみによって大切に守られている。現在はスギ林だが、古くは照葉樹の原生林に四角く切り開かれた空間こそが「神」の天下る場所であり、心御柱はその依り代だというのだ。

この古殿地に立つ心御柱こそが、伊勢神宮そして全国の神社の古来の姿を残している、と著者は考えている。ご神体である山(神奈備山)を仰ぎ見る地を原生林を伐採して矩形に作り、山から神が降りるための心御柱を掘っ建てで立てて祈るのが縄文以来の姿だったのではないか。その場所は、神なる山から夏至や春の春分に太陽が昇るのが見える場所であり、自然暦となっていた。

そして、神社の社殿は後に仏教の伽藍配置に習って造ったものである。本書では触れていないが、その証拠に鳥居は世界最初の仏塔であるインドのサンチーで仏陀の死後500年ほどして造られた門が変化したものではないか。

伊勢神宮では、社殿に構造上は不要な棟持ち束柱がある。ここに著者は、縄文以来の柱信仰を見る。非合理的であるがゆえに、明確なデザインの意思を感じ取っているのだ。

もちろん、伊勢神宮以外の多くの寺社の境内にもスギの巨木があるが、照葉樹林帯である伊勢神宮にスギを植えたのはなぜか? 伊勢神宮の式年遷宮に使用されるのはヒノキである。なぜスギを植えたのか? 著者は「正直(せいちょく)」という言葉がキーワードだという。聖なる場所には、照葉樹の曲がりくねった幹ではなく、真っすぐな幹のスギこそがふさわしいと、古来から我々は考えてきたというのだ。

著者は巨樹信仰や柱信仰について書いているが、なぜか伊勢神宮のスギにはそれを見ない。原生林を切り開いてわざわざスギを植林したのは、天に向かって真っすぐと伸びる木であり、巨木になるからなのではないか。

『法隆寺の謎を解く』や『マンダラの謎を解く』では切れ味鋭い解釈を展開した著者だが、本書では神社のルーツまで迫ってはいない。残念ながら考古学者ではないので、縄文から弥生へ、そして大和朝廷への時代な流れの中で日本人の信仰がいかに変化していったか明確には記述できてはいない。

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コメント

神社にふさわしいアプローチでは?

はじめまして。昼食難民さんの新書ブログを楽しみにさせていただいています。

わたしも『法隆寺の謎を解く』とか『マンダラの謎を解く』とか、武澤さんの新書を愛読しています。武澤さんの今度の新著はこれまでとアプローチをちょっと変えておられるのだと思います。テーマが神社霊場だけに、その特性に合わせて、それぞれの神社霊場の空間特性というか場所の感覚というか、その辺を浮かび上がらせることに意を注いでおられるように感じました。とくに神社にたいしては論理的アプローチを施すと対象が霧消してしまうようなところがあるので(それだけ儚い?)、感覚的アプローチが前面に出ているのではないかと思ったのですが……。いかがでしょうか?

Re: 神社にふさわしいアプローチでは?

『法隆寺の謎を解く』や『マンダラの謎を解く』は感動しながら読んだので、駆け足のように各地の神社・霊場を巡る本書では物足りなく感じました。神社・霊場には、建築家によるアプローチでは解けない謎が多すぎるのだと思います。歴史家や考古学者にも解けていないのですから。

伊勢神宮について

『神社霊場 ルーツをめぐる』についてのコメント交換、興味深く拝読しました。
“昼食”さんは伊勢神宮に関心をお持ちのようですので感想を一言。

>照葉樹林帯である伊勢神宮にスギを植えたのはなぜか? 伊勢神宮の式年遷宮に使用されるのはヒノキである。なぜスギを植えたのか? 著者は「正直(せいちょく)」という言葉がキーワードだという。聖なる場所には、照葉樹の曲がりくねった幹ではなく、真っすぐな幹のスギこそがふさわしいと、古来から我々は考えてきたというのだ。
>著者は巨樹信仰や柱信仰について書いているが、なぜか伊勢神宮のスギにはそれを見ない。原生林を切り開いてわざわざスギを植林したのは、天に向かって真っすぐと伸びる木であり、巨木になるからなのではないか。

著者は「正直」という言葉は中世室町期のものだと言っています。経済的困窮に陥った神宮が庶民を呼び寄せるために杉への植え替えを始めたのも中世ですから、杉は本来の姿ではないわけですね。そのような視点に立って著者は、伊勢神宮のスギについては巨樹信仰を強調しないのだと思います(後世の変化を評価していないのでしょう)。現在のわれわれは気づかぬうちに中世の戦略に染まっていることになりますね。もちろん杉の林はすばらしいのですが。

著者は、照葉樹林に通ずる沖縄の亜熱帯樹林の中の久高島・フボー御嶽を高く評価しています。そして本書最後の「南からの視点、ふたたび」のところで、本来の伊勢の古殿地と御嶽の間に共通性を見出そうとしています。このあたり、ちょっと感動しました。





Re: 神社にふさわしいアプローチでは?

書名も従来の『~謎を解く』から今回の『ルーツをめぐる』に変化しているわけですね。著者としては何らかの意図を込めているはずだと思います。

読後の感想としては、おそらく著者の武澤さんは神社霊場の雰囲気・空気感を伝えることを優先しているのではないか? それが書名の変化、書き方の変化として出ているように思います。

第4部ではたしかに沢山の神社霊場が出てきますが、いくつかにグルーピングされていますよね。「神に至る中継センター」とか「ヨコ並び とタテ一直線」とか…。
各神社霊場のあいだに見られる共通項をたどってゆくと駆け足感は消えてゆき、テーマ性が浮かび上がってくるように私は思いましたが、いかがでしょうか…?

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