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昼食難民の新書生活

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『検証 シベリア抑留』白井久也(平凡社新書 515)

検証 シベリア抑留



『検証 シベリア抑留』白井久也(平凡社新書 515)


2010年5月21日、戦後、旧ソ連圏で強制労働させられたシベリア抑留者を救済する特別措置法案が、参院本会議で、全会一致で可決され、衆院に送付された。同法案は参院先議の議員立法。与野党で合意しているため、今国会で成立する見通しだ。法案は抑留期間に応じ抑留者1人あたり25万~150万円の特別給付金を支給するのが柱。財源は平和祈念事業特別基金を活用する。自民党と公明党が何度も廃案にしてきたシベリア抑留問題の解決のための法律が施行されることになる。

本書は、朝日新聞の記者として戦前・戦後史の取材を続けた著者が、約70万人の関東軍将兵を兵力賠償としてソ連に譲り渡し、満州に住んでいた155万人の日本国民を帰還させずに放置した大日本帝国政府の「棄兵・棄民政策」の実態に迫っている。

太平洋戦争の敗戦が確定的になった1945年7月、日本政府は元首相の近衛文麿を天皇特使としてソ連に派遣して英米との和平交渉の仲介を依頼しようとした。スターリンとの交渉で提示しようとしたのが、「国体護持(天皇制の維持)」と「兵力賠償」だった。ポツダム宣言では、武装解除した軍隊をすみやかに帰還させることが謳われていたが、日本政府は敗戦以前から関東軍をソ連に差し出すことを立案・実行していたのであり、それはソ連によるシベリア抑留の根拠となったのだ。近衛とスターリンの会談は実現しなかったが「兵力賠償」は、2700万人もの犠牲者を出したソ連で戦後の復興・再建に戦争捕虜を使おうを考えていたスターリンの意図に沿ったものだった。ソ連はドイツ人350万人を筆頭に、自由世界に属している国々のイタリア、オーストリア、ギリシャ、フィンランド、フランスなど合計400万人を超える捕虜を抑留した。70万人の日本人を喉から手が出るほど欲しかったのだ。

しかし、日本が侵略したアジアの国々や米英などに対する「賠償」ならばわかるが、日ソ不可侵条約によって戦争をしていなかったソ連に対して「賠償」を行うとはどういうことか。卑屈なだけで駆け引き知らずの交渉能力ゼロの外交としか言いようがないが、「国体護持」を金科玉条として、和平の仲介者に自国の将兵と国民を差し出すことを厭わない近衛の計画はその後も踏襲された。

シベリア抑留者たちが、ポツダム宣言を無視して捕虜を労働力として酷使したソ連に対して未払い賃金を請求するのではなく、日本政府に請求しなければならないのはなぜか。1956年の日ソ共同宣言にあたって、ソ連が満州から略奪した500兆円にも及ぶといわれる工場設備などの資産だけでなく、シベリア抑留問題などの一切の請求権を放棄したためである。千島列島や南樺太など日露戦争で分捕った領土や満州の資産はともかく、ポツダム宣言やジュネーブ条約に違反した国民の拉致・監禁・強制労働までを無かったことにしたのは呆れるほかない。

戦後65年目にしてようやくシベリア抑留問題の一部を解決することになった政府の代表である鳩山由紀夫首相は、日ロ共同声明でシベリア抑留を無かったことにした鳩山一郎の孫である。

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