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『死刑絶体肯定論―無期懲役囚の主張』美達大和(新潮新書 373)

死刑絶対肯定論


『死刑絶体肯定論―無期懲役囚の主張美達大和(新潮新書 373)


裁判で情状酌量や更正の可能性が話題になるたびに違和感を感じるのは私だけではないだろう。犯罪者が更正するかどうかと、犯した罪には何の関係もないのだから、裁判の場で論じるべきではないからだ。情状酌量に関しても、犯人の生い立ちや環境を斟酌するのはおかしい。同じような悲惨な環境で生まれ育っても、ほとんどの人は犯罪に手を染めずまっとうに生きている。そうした人々に対する冒涜ではないか。

著者は2人を計画的に殺害した無期懲役囚。自らの罪を反省し贖罪のために仮釈放を拒否して、LB級刑務所(Lはロング、B級は殺人犯や暴力団員などを指す)に収監されている。裁判の〈相場〉からすれば、2人を殺せば死刑でもおかしくないはずだが、自らも裁判では死刑を望んだがなぜか無期懲役になっていて、死刑は必要だという。

刑務所についてあまり情報に接することはないし、ましてや殺人犯が身近にいない(当たり前だ。日本の殺人事件発生率は10万人あたり1件程度なので、めったなことで殺人犯には会わない)。

裁判では情状酌量によって計画殺人の犯人でも減刑されることがあるが、著者はこれに異を唱えている。殺人犯のほとんどが反省など全くせずに、安穏と仮釈放の日を待ち望む日々を送っているのを目にしているからだ。刑務所は「悪党の楽園」と化しているのである。殺人犯の中で、反省や改悛の情を見せるのは1~2%だという。残りの99%は、自分が刑に服していることにひたすら不満を持ち、被害者をせせら笑うような態度すら見せるらしい。

もし死刑を無くしてしまったら、1人を殺すのも複数を殺すのも同じということになり、凶悪犯の凶行を防ぐ心理的な壁がなくなってしまう。殺人犯は反省などしないのだから、終身刑となったら刑務所の風紀が悪化するという。なぜなら、刑務所で殺人を犯したり、刑務官に歯向かっても、終身刑ならば刑罰を与えようがないからだ。

著者は、反省や更生など望むべくもない凶悪犯たちに、被害者のことを考え自ら犯した罪の重さを思い知らせるための方法として、4000字から6000字程度の長文のレポート提出させる方法を提案している。これは不定期刑と執行猶予付き死刑を導入する際の、反省の度合いを知るための試験でもある。7万人の受刑者のレポートを審査するために500人の職員が必要となるが、1人年間500万円として25億円の予算が必要となるとしているが容易だろうという。裁判では更正の可能性によって減刑されることもあるが、受刑者に対して矯正プログラムはほとんどされていない。反省などしない犯罪者たちに、自らの罪を直視し被害者の無念を思い知らせることで、更正に繋がる可能性があるための予算ならば、25億円は安いだろうと著者言う。

裁判員に対しても、具体的なアドバイスを書いている。殺人犯は犯罪を反省するどころか、裁判にかけられている境遇に不満で怒りすら覚えており、被害者を恨んでいるのを見逃すなという。

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