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『戦国合戦の舞台裏―兵士たちの出陣から退陣まで』盛本昌広(歴史新書y10)

戦国合戦の舞台裏


『戦国合戦の舞台裏―兵士たちの出陣から退陣まで盛本昌広(歴史新書y10)


本書は、戦国時代の合戦について『家忠日記』を中心に、数多くの戦国武将による手紙や日記からその舞台裏を明らかにしている。合戦といえば実際の戦闘を思い浮かべがちだが、実際には戦闘に至るまでの戦略や動員、兵站といった「舞台裏」が重要であり、本書はそれを詳細に分析している。

例えば、兵粮(兵糧)確保の方法には、自弁・支給・商人からの購入・現地調達の4つがあった。自弁というのは、文字通り兵が兵糧を持参することであり、支給は織田信長が始めたものらしい。合戦に備えて米を備蓄したり、米の収穫前には、商人から購入することもあった。戦国時代になると金による貨幣経済がスタートしていたためだ。そのために、合戦中も商人たちは通行が許されたり、関税が免除されたりしたという。

現地調達というのは、敵地侵入の際に田畑の作物を刈り取ったり、百姓や町人の家にある食料や物品を掠奪することである。武田氏と北条氏、武田氏と徳川氏の間など国境では、苅田が盛んに行われていた。敵の兵粮を奪って疲弊させるだけでなく、農民たちを困窮させ敵勢からの離脱を促す意味もあった。

武田家にしろ北条家にしろ、3~4月に軍事行動を始めることが多く、手紙などの記録に「麦秋」という言葉が頻出するという。これは、苅田と同じで敵地域の麦を刈り取って兵粮を獲得すると同時に敵勢の兵粮を奪うことを念頭に置いていたことを意味している。苗の段階には、鍬で土を掘り返すこともあった。「七尺返し」という言葉があって、実際には七尺(2.1メートル)も掘り返すわけではないが、田畑を深く掘り返して麦を収穫できなくすることが目的だ。領民を動揺させることに効果があったという。

また、陣内や城中での規定にはさまざまな禁止条項が盛り込まれていた。大酒や高声はもちろんだが歌や雑談まで禁止しなければならないほど緊張感のない陣もあった。また、人馬の糞尿処理についても陣から遠く離れた場所に捨てるよう規定している。

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