TOP > スポンサー広告 > 『古事記を読みなおす』三浦佑之(ちくま新書 876)TOP > 新書 > 『古事記を読みなおす』三浦佑之(ちくま新書 876)

昼食難民の新書生活

(新宿・秋葉原・芝浦など各地でのランチと読書)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『古事記を読みなおす』三浦佑之(ちくま新書 876)

古事記を読みなおす


『古事記を読みなおす』三浦佑之(ちくま新書 876)


『古事記』と『日本書紀』のいずれもが、天武天皇によって編纂が始まったとされるが、なぜ2種類の歴史書が必要だったのか。誰もが疑問を抱く問題について、本書は大胆な仮説を展開している。

著者は、『古事記』と『日本書紀』が「記紀」と併記されることに異を唱えている。正史である『日本書紀』は『日本書』の「紀」であり、隋書などにならって書かれたものであるとしている。確かに、『続日本紀』以降の正史も「書紀」ではなく「紀」である。「志」は『風土記』となったと推測しているが、「列」についてはなぜ残らなかったか、あるいは書かれなかったのだろうか。

一方、古事記は正史ではなく、口承として伝えられた律令体制が確立する以前のこの国の神話の古層が残っているとする。『日本書紀』ではあまり触れられない出雲神話について、『古事記』では上巻の4分の1を占めるなど、明らかに古い伝承が残っている。

著者は、『古事記』の「序」の部分を後世の偽作であるとしている。『古事記』を伝承してきた多氏が権威付けのために行ったのではないかというのだ。「序」としながら、実際には天皇に奉る上表文であるなど、疑問が多いからだ。そして、この「序」によって『古事記』は、『日本書紀』と並んで「正史」なみの扱いを受けるようになった。

しかし、『古事記』は王権の外側あるいは王権の外側と外部との狭間に位置した物語を抱え込んでいる。律令国家が確立する過程の歴史が書かれているのだ。しかも、王権内部に発生した氏族たちを巻き込んだ御子同士の権力闘争を、『日本書紀』は大王となった者の視点で書き、『古事記』は敗れたものの視点で描いているのだ。なぜ『古事記』は敗れた者に共感を寄せるのか。

古代の歴史書といえば、厩戸皇子と蘇我馬子が編纂したという「天皇記」「国記」を思い出すが、著者は『古事記』は「天皇記」「国記」に「なろうとした」と書く。厩戸皇子と蘇我馬子の「天皇記」「国記」ではなく、後世の「天皇記」「国記」である。

最後まで読んでも、律令国家にとって歴史書がなぜ2つも必要だったのかはよくわからない。ここで私の単なる思いつきを書いておく。『日本書紀』は外向き、『古事記』は内向き、と考えたらどうか。『日本書紀』は和習があるとはいえ漢文で書かれているが、『古事記』の一部にはヤマト言葉が万葉仮名で書かれている。国の歴史をまとめるに際して、伝承の基づいて『古事記』を編纂したが、夾雑物が多すぎて外国(隋)に読ませるのは恥ずかしい。そこで、隋書や三国志にならって編纂した編年体の歴史書『日本書紀』を「正史」としたのではないか。

関連記事

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事へのトラックバックURL
http://pasage.blog43.fc2.com/tb.php/968-6f2c37a7

 | HOME | 









ブログランキングに参加中です

リンク

お気に入りに追加
このブログをリンクに追加する

最近の記事

にほんブログ村ランキング

ブログ内検索

Loading

カテゴリー


全記事一覧(500件ごと)

カレンダー+月別アーカイブ

ケータイ版URL

QRコード

RSSフィード

プロフィール

Author:pasage
昼食時は「難民」と化して「新書」を片手に、都内各地を彷徨っています。

FC2Ad

Template by たけやん

QLOOKアクセス解析

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。